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第300話 【三百話 孫悟空、土地神の助けを請う】

 岩山の下敷きになった孫悟空は、なんとか脱出しようと試行錯誤をしていた。


「クソー!重てえし動かねえし、なんなんだよ、コレ」


 石猿故か、頑丈さは折り紙付き。


 あとは脱出するだけなのだが、力を入れても上に乗る岩山はウンともスンともいわない。


 如意金箍棒を振り回せば壊せるはずなのだが、のしかかられていては振り回せない。


「どうしたもんかなぁ」


 こうしていると嫌でも五百年間閉じ込められていたことを思い出してしまう。


 たった一人で、話し相手もなく、ただ恨みつらみを募らせていたあの地獄にも匹敵する時のことを。


「お師匠様……」


 そんな辛い日々から救い出してくれたのは玄奘だ。


「こんなところでのんびりしている場合じゃねえや……!」


 こんなに大きな岩山を投げる相手だ。


 沙悟浄と玉龍が苦戦しているかもしれない。


 いや、最悪の事態も考えられる。


「おちつけ……俺様は大丈夫、お師匠様たちも大丈夫……落ち着け」


 嫌な予感に冷たい汗が背筋を伝い、慌ててそれを打ち消すかのように孫悟空は早口でつぶやいた。


「えーと、じいちゃんはこういう時どうしたらいいか言ってたっけ……」


 孫悟空の育ての親であり、術の師でもある須菩提祖師に教わったことを思い出そうと額に手を当てる。


「クソ、山を乗せられたなんて特殊な状況想定できるかよ!!」


 思い当たらず悪態をついた孫悟空だったが、ふと思い出した。


『ウチが教えた術でもどうにもならないときは、そこに住まう土地神様に頼みなさい。きっとたすけてくれるから』


 須菩提祖師の言葉が頭の中で響く。


「試してみるか」


 孫悟空はパンと手を合わせて祈った。


「えーと、この土地にいにしえより住まう土地神よ、我が声を……」


 孫悟空は五百年以上昔に須菩提祖師から教わった、使う機会もなくうろ覚えの呪文を唱える。


(これ合ってるのか?)


 孫悟空自身首を傾げながら唱えると、閉じた目の前に光を感じた。


「捧げ物もなく、心のこもらぬ言葉で喚かれた故きてみたが……なんだこれは」


 目を開くと、神々しく輝くウサギの姿をした土地神が眉間に皺を寄せ浮いていた。


「おう!お前が土地神か、来てくれたんだな!突然山が降ってきて、動けなくなったんだよ!なんとかしてくれねえか?!」


「お前、頼み方……というものがあるだろう?」


 呆れたように、土地神は腕組みをして頬を膨らませて言う。


「つってもさ、俺様急いでんだよね!な、頼むよ!俺様のお師匠様はすごくいい坊さんだからさ、お経とかなんでもお供えするからさ!」


「なんでも、と?……まあ、こちらも我が地で騒がれるのはごめんこうむるからな。そら」


 土地神は耳をぴくりと動かし興味深げに頷くと、クイと左の前足を挙げた。


 すると孫悟空の上に乗っていた大岩が元の場所へと飛んでいき、孫悟空は解放された。


「悟空!」


 ほっとした表情で玄奘が駆け寄ってくる。


 沙悟浄も辺りを警戒しながらついてきた。


 玉龍は夢中で料理を食べている。


「あー助かった!ありがとな」


 孫悟空は腕を回して体の柔軟をしながら土地神に言った。


 土地神は鼻をヒクヒクと動かしニンマリと笑った。


「なに、お前が約束を違えねば良いだけよ」


「約束、ですか?」


「悟空、お前土地神に何か約束事をしたのか?迂闊な……!」


 きょとんとする玄奘と対照的に沙悟浄は表情を険しくした。


「ちょっとお師匠様のお経かなんかを土地神に捧げてもらえればいいんです」


「お前、勝手にそんなことを!」


「だってそうしねえと俺様出られなかったんだぞ」


「良いのです沙和尚。弟子を救っていただいたのです。私は一介の僧。土地神様に経を捧げましょう」


 玄奘の言葉に土地神は嬉しそうに頷いた。


「うむ。おお、そうだ、忘れぬうちに伝えておこう。お前に岩山を投げたのは最近この辺りに越してきた妖怪たちじゃ」


「妖怪?!」


 妖怪の噂を聞いてなかった玄奘たちは驚いて聞き返した。


「ああ。たしか金角と銀角と言ったか。圧竜洞の九尾が母親だと言っておった。見た目は鬼のようだが、おそらく狐狸の類じゃろうな」


「もしかしたら八戒はその妖怪に捕まったのかもしれませんね」


「……っ」


 沙悟浄の言葉に玄奘は息を呑んだ。


 あの大岩を飛ばせるほどの妖怪が二体もいて、猪八戒が捕まったかもしれないのだ。


 一刻も早く救わねばならぬだろう。


 土地神はフンフンと鼻を鳴らし、腰に手を当ててふんぞり返った。


「さて、情報もやったのだ。とびきりの礼を期待させてもらうぞ」


「はい、もちろんです」


 玄奘が頷くと、土地神は満足そうに頷き、玄奘の読み上げる経に耳を傾けたのだった。


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