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第299話 とらわれた猪八戒

 猿轡をはめられ、逆さに縛られた猪八戒は後悔していた。


 山や森の中で声をかけられても、迂闊に返事をするものではないと。


 それというのも──。


 数刻前、平頂山の近くを通りがかった玄奘たちは昼食のしたくをしていた。


 そこで薬味がわりにと、猪八戒が香りの良い薬草を探していたときにどこからか話しかけられ、ついうっかり返事をしてしまったのが運の尽きだった。


 猪八戒は返事をしたものを吸い込む宝貝にあっという間にとらわれてしまったのだ。


(どうしたもんかな。早く戻らねえとお師匠さん達心配するだろうし、こいつらのことも伝えねえと)


 猪八戒の目の前には角の生えた巨大な鬼が二体いる。


 灰色の肌をして、それぞれの角の色は金色と銀色。


「まずは一匹だな弟よ」


「そうだな兄者!あとは三匹。玉果を手に入れるまであと三匹だ!」


(こいつら兄弟なのか)


 猪八戒は二人の会話を聞きながら隙を伺うが、逆さまの状態では考えがうまくまとまらない。


(しかし、この部屋……)


 猪八戒は捕まっている部屋を見回した。


 整理整頓され、可愛らしい調度品もある。


 厳しい見た目と乱暴な行動とのチグハグさに気が抜けるくらいだ。


(とにかくどうにかして逃げねえとな……)


 おそらく孫悟空たちを捕まえて玄奘を手に入れるつもりなのだろう。


 孫悟空や沙悟浄もいるから玄奘は無事だろうがと思うが、なんにせよあの返事をしただけで吸い込む宝貝は厄介だ。


「おい、下手な真似はするんじゃないぞ」


「そうだぞ、するんじゃないぞ!」


 金色の角を持つ兄の言葉を真似して銀色の角を持つ弟がいう。


 モゾモゾと動く猪八戒に気づいた鬼の兄弟が猪八戒を小突いて言った。


「まあ、お仲間もすぐに連れてきてやるよ。楽しみにしているんだな」


「そうだぞ、楽しみにしているんだな!」


 そう言ってドスドスと足音を立てながら鬼の兄弟は出ていった。


(変な奴ら……お師匠さんたちに何もなけりゃいいんだがな……)


 猪八戒は鬼たちの気配が完全になくなったのを感じ取り、脱出しようと試行錯誤を始めるのだった。



 その頃、玄奘たちはというと。


「遅いですね、八戒はどこまでいってしまったのでしょう」


「ボクお腹すいたー!」


 空の食器を前に玉龍が騒ぎ出していた。


「もうご飯できてるんだよね?!先に食べようよ!」


「しかし……八戒が怒るだろう」


 料理にはうるさい猪八戒のことだ。


 苦労して探した薬味を入れずに料理を先に食べたと知ったら何を言われるかわかったものではない。


 沙悟浄は火加減を見ながら困ったように孫悟空を振り返った。


 沙悟浄としては、自分は鍋の火加減を任されているし、腹ペコが限界な玉龍に猪八戒を探せるとは思えない。


 孫悟空に鍋の火加減を見れるとも思えないし、玄奘に探しに行かせるなんてもってのほかだ。


「仕方ねえな、俺様が探してきてやるよ」


 孫悟空が大きなため息をついて觔斗雲を呼ぼうとして印を組んだその時だった。


「ねえ、なんの音?なんか大きな音が……」


 龍でもある玉龍は耳がいい。


 怪訝そうにあたりを見回していたところ、ふと、一行の真上が暗くなった。


「な、なんだ?!」


 沙悟浄は武器の降妖宝杖を握り、玄奘のそばで身構えた。


「あン?なんだ??」


 孫悟空が上空を見上げた時だった。


 ひゅるるる……と何かの音がしたかと思ったら、三段重ねの餅のように大きな岩山が孫悟空の上に降ってきたのだ。


「悟空!」


 玄奘が悲鳴をあげる。


 だが孫悟空の返事はない。


「悟空、悟空無事ですか?!返事をしてください!」


 岩山の三段重ねに駆け寄ろうとする玄奘を沙悟浄が抱えて止める。


「お師匠さま、悟空は石猿です。きっと大丈夫です!」


「でも……おヘンジが聞こえないよ?」


 さすがに玉龍も心配そうだ。


 大きな岩山が三段も勢いよく降ってきて孫悟空を潰したのだ。


 いくらその昔、天界に名を轟かせた孫悟空でも無傷とは言えないかもしれない。


「とにかくこの大きな岩山をどかさなくては……」


「こんなのボクの如意宝珠があればラクショーだよ!任せて、あっという間にどかしちゃうんだからね!」


 得意げに胸を張り、玉龍が如意宝珠を掲げた。


しかし。


「……だめだ、ごめんオシショーさま……ボク、お腹が空きすぎて如意宝珠を使えないよ〜」


 しばらく集中してみたものの、玉龍はガックリと肩を落として項垂れた。


「玉龍、急いで鍋のものを食べるのです。緊急事態ですから、私が許可します」


「わーい!やったあ!」


 玄奘が言うと、玉龍は飛び上がって喜び、龍の姿に戻って鍋を傾け食事を始めた。


 玉龍が龍の姿にもどったことで、改めてその岩山の大きさがよくわかる。


 孫悟空の上に積み重なった岩山の一つ一つは玉龍の背丈の三倍くらいだ。


「沙和尚……やはりあなたも……あのお大きさは無理、ですよね」


「ええ、情けないことですが、さすがに俺もあのように大きなものは……」


 玄奘はダメもとで沙悟浄に視線を送るが、彼からの返答は予想通りのものだった。


「きっと悟空なら大丈夫ですよ。それよりもこの岩を投げてきたものに警戒をするべきです」


 そう、これは襲撃なのだ。


 沙悟浄はあたりを見回し警戒しながら言った。

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