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第298話 金炉精と銀炉精、太上老君から休暇をもぎ取る

 西方浄土の兜率天とそつてんには、太上老君の住まいがある。


 意外なことに宝貝作りや金丹作りで忙しい彼の住まいは整っている。


 それは彼に仕える童子や精霊が手伝っているからだ。


「ねーえ、金炉きんろ、たまにはお休み欲しくない?」


「わかる。毎日毎日、ずーっと炉の番人なんてつまんないよね。やっぱり銀炉ぎんろもそう思ってたんだ!そうだ、思い切って太上老君様にお願いしてみようか!」


 住まいの一角にある金丹を生成するための炉の前で、じっと火の番をしている狐の耳をした金髪の少年と、その隣に座る銀髪の少年が話している。


 金髪の方が金炉精、銀髪の方が銀炉精といい、二人とも狐狸精こりせいだ。


 銀炉精の提案に金炉精は顔を曇らせた。


「えー、無理だよぉ、あのドケチなジジイが許してくれるわけないもん」


「でもさ、聞くだけ聞いてみようよ!ほら、行こ!」


 そう言って銀炉精は金炉精の腕を引いて立たせた。


 炉の番は少しの間なら離れても大丈夫だろう。そもそもずっと引っ付いてたら、食事も用も足せない。


「もう、銀炉!!」


はパタパタと駆けていくとあっという間に太上老君の部屋の前。


 銀炉精は勢いよく扉を開いた。


「太上老君さま!お願いがございます!!」


 高齢ながら、金炉精と銀炉精と同じくらいの少年の姿で宝貝作りに熱中している太上老君に銀炉精が声をかける。


「んー?」


 返事は来るものの、生返事。


 実は宝貝作りに集中している太上老君はほぼ話を聞いていない。


 金炉精と銀炉精は顔を見合わせて頷いた。


 太上老君の許可をもらうなら今だ、と。


「金炉精、銀炉精共にお休みが欲しゅうございます!」


「よいぞー」


 予想通りに帰ってきた太上老君の許可に、金炉精と銀炉精は顔輝かせて「よしっ」と拳を握った。


「ということで、しばらく人間の世界へ行って参りますね、それでは!」


 集中していると生返事しか返さない太上老君が前言撤回しないうちにと、二人は旅支度のためにそそくさと自室に戻って行った。


「うん?金炉銀炉が来た気がしたんだが……まあ、いっか……」


 太上老君は首を傾げ、再び作業に没頭した。


 炉のある部屋の隣にある、自室に戻った金炉精と銀炉精はカバンに荷物を詰め込んでいる。


「ねえねえ、どこにいく?金炉はね、妲己だっき様のいらした都に行ってみたいな」


「あー、そこそこ、銀炉もいきたいって思ってた!」


 耳をぴこぴこと動かし、しっぽを揺らして銀炉精が興奮気味に言う。


 狐狸精である二人にとって、遥かな昔、皇帝を誑かし人の世界を混乱させた九尾の狐の妲己は英雄みたいなものなのだ。


 彼女が暮らした場所は、特に狐狸精にとっては特別で観光名所にもなっている。


「人間の世界で何かあると怖いから宝貝もお借りして行こう!えーと、これとーこれと……」


 金炉精は遠慮なしに太上老君の宝貝をどんどん袋に詰めていく。


 いつも見ている炉の火加減は、金炉精と銀炉精が開発した宝貝『火炉番かろばん』を置いてある。


 これには金炉精と銀炉精の動きを覚えさせてあり、炉の調節ができる小型の狐の形をした宝貝だ。


「あっ、これも!」


 銀炉精が見つけた壺のようなものも袋に詰め込み、二人は雲の上に乗った。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 二人の掛け声で雲は悠々と走り出した。




 下界の観光をおえ、二人はしばらくの住処すみかにするために作った、平頂山蓮花洞へいちょうざんれんげどうに帰ってきた。


「んー楽しかった〜!母さまや太上老君さまにもお土産買えたし、楽しい休暇だね、金炉」


「うん!」


 二人がお土産の整理をしていると、見覚えのない紙がはらりと落ちてきた。


「……何だろ。えーと、差出人は……牛魔王?!」


「金炉どうしたの?お手紙?」


「うん……えーと、天竺に向かう玉果の坊主をもってこい、だって」


「玉果だって?!」


 銀炉精は両頬に手を当てて叫んだ。


 妖怪たちにとって玉果は力を強くするための存在だ。


「ふーん、欲張りな牛魔王が欲しがるわけだ」


金炉精は呟いて手紙を狐火で燃やした。


「あっ、ねえねえ金炉、その玉果の成分を抽出して化粧水作ったら、母さま喜んでくれるかな?」


「それいいね!母さまも喜んでくれるよきっと!」


「そうだね!あっ、でも牛魔王にバレたらやばいかなあ」


「大丈夫だよ。こっちには太上老君さまの宝貝もあるからね。平気さ」


 金炉精はそう言って兜率天から持ち込んだ宝貝を指して言う。


「それじゃあ、我ら狐狸精の本領発揮と行きますか!」


「うん!」


 二人は頷いて印を組んだ。


「疾!」


 唱えるともうもうと白い煙が上がり、それが晴れる頃に現れたのは鬼の角を持った大男二人。


「金炉すごい!怖そう〜!」


「銀炉だって!あっ、名前も変えようよ。金炉は金色の角があるから金角で……えーと、銀炉の角は何色?」


「銀色だから銀角だね」


「うん、銀角!あっ、怖そうな喋り方もしないと。ん、んんっ、あーあー、兄者!どう?迫力ある?」


「あるある!じゃあ金炉は銀炉のこと弟って呼ぶね!だって名前間違えちゃいそうだもん!」


「そっか!じゃあ行こうか、兄者よ!」


「おうよ、弟よ!」


 胸を張って、低い声で言う。


 しばらくそのままでいたが、耐えきれずに銀炉が吹き出した。


 巨体な毛むくじゃらの鬼が口に手を当てて笑うと言った可愛らしい仕草をするのはなかなか不気味だ。


「ふふ、なんかおかしいね。くすぐったいや」


「そうだね。おもしろいね。……じゃあ、玉果の坊主を探しに行こう!疾!」


 金角銀角となった二人は雲を呼び、探し人が表示されると言う太上老君の便利宝貝を取り出してねぐらを後にしたのだった。


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