やけくそになって喚く劉洪を前に、殷開山は静かに話し始めた。
「お前のことを調べた。以前は下級役人を務めていたが博打にハマり、ごろつきに成り下がったそうだな」
「それがどうした!どうせ殺すんだから、俺の過去なんざ関係ないだろ!」
唾を飛ばしながらなおも「殺せ!」と怒鳴る劉洪に、殷開山はため息をついて片手を上げた。
すると、殷開山や他の役人たちのものとは違う、暗い朱色の道士服に身を包んだ女性が進み出た。
「すぐには殺しません。あなたにはお役目があるので」
長い袖を振りながら笑みを浮かべ、女性は袖の中から一巻の巻物を取り出した。
「私は礼部所属の陶海燕(とうかいえん)。さあ、あなたが本物の陳萼様を害した場所を教えてください。くわしく、具体的に」
巻物をさっと長机に広げ、筆を用意して劉洪に尋ねる。
「お?なんだいねえちゃん、そうしたら俺は処刑されないのか?」
「そうですねー。処刑にはならないですよ。ふふっ」
「へぇ……」
ニヤリと劉洪が笑う。
「はい〜」
陶海燕も笑みを崩さずに答える。
「おい、その言葉忘れんなよ。俺が入れ替わった場所は……」
「ふんふん……」
劉洪が語り始めると、陶海燕は頷きながらサラサラと巻物になにかを書き記した。
数日後、劉洪が言った場所に祭壇が組まれた。
祭壇の中央には祭儀用の火をつけられた鼎、果物、酒、穀物などが供えられている。
「わあ〜!美味しそうな梨!食べたいなー!」
玉龍が供物をみて目を輝かせた。
そこへ相変わらず笑みを浮かべた様子の陶海燕が礼部に所属する道士たちを引き連れてやってきた。
「龍神様は梨がお好きですからね」
人の姿をしているが、龍神でもある玉龍の正体をすぐに見破った陶海燕は、部下のもつ三方に載せられた果物を玉龍に手渡した。
「玉龍様にはこちらを。龍神様のためにと梨農家の皆様が丹精込めて育てた梨です。ぜひお召し上がりください」
「わっ!いいの??やったー!」
玉龍は夢中になって梨を頬張った。
「我々は何をしたらよろしいだろうか」
沙悟浄が訊ねると、陶海燕はさらに笑みを深くした。
「儀式の執り行いは我々礼部が行います。玄奘様たちは殷開山様ともにご臨席していただくだけで結構です」
陶海燕が示した先には、すでに殷開山たちが座っていた。
皆一様に緊張した面持ちで儀式の始まりを待っている。
「それでは、間も無く開始いたしますのであちらへ」
促されて玄奘が座ったのは母親の殷温嬌の隣の席だ。
殷温嬌は玄奘に気づくと、「大丈夫」と言うようにその手を握ってきた。
沙悟浄たちは儀式中の不測の事態に対応するため、椅子は用意してあるが座らずに彼らの後ろに立って待機をする。
陶海燕が祭壇に一礼をした。
それまで吹いていた風が止み、辺りがしんとする。