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第10話 馮雪の祝言

「おいら、今度祝言をあげるんですよ」


 他の串焼きの加減はどうだろうかと捲簾大将が焼き加減を見ていると、唐突に馮雪がポツリと言った。


「ほう、それはめでたいな!では……そうだな、この河で一番の大物を釣り上げて贈ろう。俺からの祝いだ」


「ほんとですか?……嬉しいな」


 暗い表情で俯く馮雪に捲簾大将は首を傾げた。


「何だ、祝い事だというのに暗いな。人間は結婚が嫌なのか?」


「そういうわけでは……ないのですが」


 馮雪は俯いているので、その表情はわからないが、声が普段より沈んでいる。


「おいら、彼女を幸せにできるのかなってちょっと不安で」


「何、大丈夫だ。お前はその女性を愛しておるのだろう?」


 捲簾大将の問いに、馮雪は「どうかな……」と呟いた。


 予想外の言葉に捲簾大将は驚いた。


「おいら、捨て子なんです。赤子の時に村の祭壇のところに置かれていたそうなんです」


 捨て子、という言葉に捲簾大将は目を伏せた。


 人の世界では珍しいことではない。


 戦乱が多い下界では親を失い孤児になるものも多いと聞いている。


 崑崙でも下界で孤児を拾い弟子にした神仙もいる。


 馮雪は淡々と言葉を続ける。


「村の人たちに育ててもらった恩は返して行きたいとおもうのですが、さすがに妹のように育ってきた女性と結婚というのも……」


 馮雪は困ったように頭を掻いて笑う。


「それに、彼女には以前から思いを寄せている人がいるんです。でも村長はその人を認めたくないから、おいらと……」


 馮雪にとっては妹のような存在で、恋愛感情なんて持てる気がしないらしい。


「その思いを寄せてるものというのはお前も知っているものなのか?」


「いえ、以前彼女が村長と都に登った時に道中出会った方としか」


「ふむ……」


「沙和尚は、ご結婚されているのですか?」


「いや……だが俺が仕えている方々も結婚時初めて顔を合わせたというが、今は周囲も戸惑うほどの熱さだぞ」


 捲簾大将が知る夫婦とは玉皇大帝と西王母である。


「そんなふうになれるかな……おいらたちも」


 自信なさげに言う馮雪に、捲簾大将は食べ終わった魚の串をおくと、わざと大袈裟に立ち上がった。


「よし、景気付けに大物を釣るぞ!」


 そう言って釣竿を手に岩場へ出る。


 日差しは少し傾いてきている。


「沙和尚に聞いていただいて、胸のつかえが取れたような気がします」


 釣り糸を垂らす捲簾大将の傍に座り、馮雪がスッキリした表情で言った。


「おいら、本当は時期が来たら村を出て本当の親を探したいんです。まあこのご時世ですからら、生きているかどうかはわからないんですけどね」


「本当の親、か」


「この金山寺のお札……これが産着に一緒に包まれていたそうです。だから金山寺に行けば何か手がかりがあるかもしれないって、そんな気が……」


 馮雪は大切そうにそのお札を抱えた。


 まるで親の代わりのように。


「まあ、結婚してからも村の外にはいけるだろう。その時でも良いのではないか?」


「そうですね、生きてさえいれば、いつか……」


 その後、捲簾大将は宣言通りに巨大なナマズを釣り上げ、馮雪を驚かせたのだった。


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