葉擦れの音がして目を覚ました捲簾大将改め河伯(かはく)は、むくりと体を起こした。
数刻、いや数日ほど眠っていたのだろうか。
何にせよ薬の効果もあったのか、長い時間眠った後のような不思議な清々しさがある。
天井の穴から覗く光は緋色で、朝焼けなのか、それとも夕暮れなのかわからない。
しかし流石吉祥仙女の持つ如意宝珠が作り出した膏薬である。
あれだけ背を覆っていた燃えるような鞭打ちの痛みはもうなかった。
ガサリ、と河伯は再び音のした方を伺う。
茂みの奥、何かを探るようにガサガサとした音が続いている。
だが気配を探っても殺気は感じられない。
ならば思い当たる人物は先程訪れた……。
「哪吒太子?何か忘れ物を──」
しましたか、と言葉を続ける間も無く、突然銀色の光が飛び込んできた。
鋭い音を立てながら、それはまっすぐに河伯の方へ向かってくる。
「っく!」
河伯は咄嗟に降妖宝杖(こんようほうじょう)を掴み、頬に傷を受けながらもそれを叩き落とした。
それは煌びやかな装飾が施された宝剣だった。
打ち落とされたその宝剣は再び浮かび上がると、鋭い速さで飛んでくる。
「何なんだコレは!」
突然現れた宝剣に河伯は混乱した。
無機物なので殺気も感じられない。
(油断した──!)
妖術の類だろうか、と怪しんだ時、河伯は西王母の言葉を思い出した。
「刀剣罰か……!」
断罪の場で、西王母は七日に一度河伯の腹を宝剣で貫くと言っていた。
だとすれば、この剣が狙ってくるのは河伯の腹。
守る場所がわかれば攻撃をかわすのなど造作もない。
何合か打ち合い、宝剣を打ち落としようやく踏みつけその動きを封じたが、ほんの少しの隙をついて宝剣が足の下抜け出し河伯の腹部を貫いた。
「がっ……!」
役目を終えた宝剣はその刃を引き抜くと、天の穴から西王母の元へと戻っていった。
「う……ぐっ」
ぼたぼたと垂れるそれは、血溜まりをあっという間に作る。
河伯は膝をつき、歯を食いしばりながら浅い呼吸を繰り返す。
何とか痛みに耐え、哪吒太子の置いていった膏薬を塗ると包帯をきつく巻いた。
「ふ──……っ」
薬が効き始め、徐々に痛みが引いていく感覚に安堵して、岩壁に背を預け深呼吸をして傷がいえるのを待つ。
(あの天の穴は急ぎ塞がねばな……)
忌々しげに天の穴を見上げそう思うと、河伯は手を伸ばして着替えの上に置いておいた九つ連ねた頭蓋を取った。
それを抱き寄せ壊れないように抱えると、そこから香る沈香のほのかな香りに意識を巡らす。
(人の世に堕ちた……それは幸福だったのかもな。あなたを探しに行ける。同じ世界でまた、
聞こえてくる水のせせらぎが、再び河伯を眠りに誘う。
(それまで必ず、生き延びよう)
目的を果たしたあの剣がまたくるのはきっと七日後だろう。
河伯は傍に転がる中位の石の上に小石を一つ積んだ。
これが七つになる頃またあの宝剣が飛んでくるだろう。
「まあ、体も鈍らなくてちょうどいいか……」
もう武人でもない自分が体を鍛える必要はもうないのに、と自嘲するが、あの宝剣に命を奪われてやる気もさらさらない。
青鸞にも生きるようにと手紙をもらったことだし。
とりあえず次は七日後。
それまではと、いまだにジクジクする痛みを耐えながら、河伯は眠りに落ちていった。