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第6話 哪吒太子の過去と今

 哪吒太子はその昔、托塔李天王が李靖りせいという人として暮らしていた時、人の子として肉体を持ってその家の三男として生まれた。


 人として生まれたがやはり托塔李天王の子。


 人の赤子とはかけ離れた怪力ぶりと行きすぎるくらいのやんちゃぶりであった。


 そんなある時、哪吒太子は龍神の背骨を着物の帯につかう志古貴(しごき)にしようと思い立ち、引き抜いたことがある。


 そのことで龍神たちからの報復を恐れた父、托塔李天王によりお詫びとして生贄にされかけたのだ。


 命を奪った詫びは本人の命を持って償わせよう、と。


 だが哪吒太子は親に殺されるよりは、と肉体と魂を父母に返すため、みずから人としての命を終わらせた。


 そしてその後は釈迦如来によって蓮の化身として生まれ変わり、今に至る。


 だが復活したもののそれ以来、哪吒太子は自分を生贄に差し出そうとした托塔李天王とギクシャクしているのだ。


 肉体と魂を返したとしてもやはり父母の記憶がある以上思慕の念はある。


 だからこそ釈迦如来の元へはいかずに今も父母のそばにいるのだが、通常の親子と同じように触れ合うことはまだ二人には難しいらしい。


 お互いどう接したらいいのかわからないようだが、戦場に立つときはさすが親子といったところだろうか。連携も息ぴったりなのだ。


 そのことに二人が気付けば関係も変わると思うのだが、と捲簾大将は苦笑した。


 周りがいくら言っても頑固なこの似た者親子は「そんなことはない」と頑なに認めないのだ。


「俺には兄しかいなかったから青鸞は弟みたいな感じで……俺、青鸞一緒に鍛錬できるのも楽しいんですよ」


 哪吒太子が本心からそう言っているのがわかり、捲簾大将は嬉しくなった。


 青鸞童子は拾った子だが、近衛大将の家の子として武芸を一通り教え込んでいるし、今は小さくとも猛禽の子だ。


 いずれ捲簾大将の背など軽々追越し一人でも生きていけるだろうが、哪吒太子が後ろ盾になってくれるのならこれ以上心強いことはない。


「お世話かけますが、くれぐれもよろしくお願い申し上げます」


「もちろんです」


 哪吒太子は嬉しそうに答えた。


「青鸞から預かってきた着物と甲冑、それから食事も置いて行きます。青鸞からはしっかり食べて生きてくださいね、との伝言です」


「──ああ、ありがたい」


 重箱を開けると、捲簾大将の好物と日持ちする料理とがぎっしりと詰められていた。


 怪我が治る頃までは少しずつ食べれば保つだろう。


 捲簾大将は青鸞の優しさに鼻を啜った。


「それでは俺はこれで。膏薬と替えの包帯はこちらに。崑崙とこちらの時間は違いますので、またいつ来れるかわかりませんが……どうかそれまでお元気で」


「ありがとうございます。青鸞のこと、よろしく頼みます」


「今度は青鸞と来ますね」


 ニッコリ笑って哪吒太子は去っていった。


 一人になった捲簾大将は、青鸞が用意してくれたいつもの袍服に着替えたが……。


「ああ、俺はもう捲簾大将ではないのか……」


 落胆して甲冑まで纏うのをやめた。


 それは玉皇大帝の近衛がまとう甲冑ではなく、捲簾大将の私物であったことに気づいてだらりと腕を垂らす。


 捲簾大将はごろんと横になり、天の穴から覗く月を眺めた。


(天を追われ地に堕ちた今、これからなんと名乗ろうか)


 そんなことを考えながら、ぼんやりと月を見上げていると、聞こえてくるのは川の音。


「流沙河……か。では河の近くに住むものとして、河伯(かはく)とでも……名乗……ろうか……」


 そんなことを考えながら、傷を癒すための深い眠りに落ちていった。


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