捲簾大将が被っていた宝冠の紐は切れて近くに転がり、結い上げた赤い髪はほどけて乱れている。
「許せぬ……許せぬ許せぬ、許せぬぞ!
烈火の如く怒る西王母に、彼女の娘である七仙女たちをはじめ、周りは慌てふためくばかり。
「申し訳ございません……っ!」
全身の痛みを
「一体貴様ら将は蟠桃会をなんだと心得ておるのだ!蟠桃を勝手に食って蟠桃園を荒らすわ女神をナンパをするわ……挙句の果てに玻璃の杯まで破壊するとは、妾はもう耐えられぬ!もう、いい加減にせよ……!!!」
自分のやらかしたこと以外も追加された捲簾大将は不服に思ったが、顔には出さずひたすら地面に額をつけ平伏し続けた。
「お前たちはいつもいつも、いつも!!妾の蟠桃会の邪魔をしおって!!!」
西王母が扇をあおぐたびに、捲簾大将は岩や木にその身を打ちつけた。
捲簾大将の巨躯を、西王母の
何度も、何度も。
「捲簾大将さま、捲簾大将さま!」
凄まじい攻撃の連続に、青鸞童子は近づけず、義父の名を叫ぶことしかできない。
玉皇大帝と並ぶ崑崙の最高位である西王母に誰も抵抗をすることはできない。
こうなったらされるがまま、その身に怒りを受けて嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
運が良ければ生き残れるだろう。
この蟠桃会の席で西王母が命までうばうとは思えないが、ただ、これが三度目ともなるとわからない。
よくて追放、悪くて死罪。
「せいらん、きてはいけない……さがっていろ……」
捲簾大将はこみあげてくるものを口を抑えてなんとか飲み込み、たえる。
(鉄の味……)
おそらく血だろう。
だがこの場で吐いてしまえば、この地を汚したとさらに西王母の怒りに触れ、養子の青鸞童子も処罰されてしまうかもしれない。
「西王母さま、落ち着いてくださいっ!」
見かねた
戦神ゆえ、細身であっても西王母の苛烈な攻撃もものともせず、彼女を止められる。
「今日の蟠桃会をあんなに楽しみにされていたではありませんか。どうかお心を鎮めて、いつものやさしい西王母さまに戻ってください」
「はわわ……」
蓮の花も綻ぶような美貌の少年に、手首を掴まれた上至近距離から見つめられ、怒りのそれとは違うもので顔を赤らめた西王母はハッと我に返った。
「義父(とと)さまっ!」
攻撃が止んだ隙に、青鸞童子は泣きながら捲簾大将に駆け寄り、その傷ついた身を守るよう覆いかぶさった。
青鸞童子は動転しているようで、捲簾大将の呼び名が雛鳥の頃に戻っている。
「……いけない、お前も巻き添えを食う。……もどりなさい」
「嫌です!義父(とと)様は青鸞がお守りします!!」
「……せいらん……どくのだ」
捲簾大将が掠れ声で絶え絶えにいうが、青鸞童子は嫌だと尚も渋る。
仕方なく、捲簾大将は部下に目で合図をして引き剥がさせた。
「いやっ、離して!と……義父(とと)さまぁ……っ!」
哪吒太子を傍に置いた西王母はこほんと咳払いをし、扇を開いて口元を隠した。
「西王母が命じる。これを縛り上げ、鞭打ちの刑にせよ!回数は八百!肉が裂け骨が出ても止めるでないぞ!」
西王母は捲簾大将の謝罪を受け入れることなく、その美貌を怒りに歪め息も荒く命じる。
「西王母さま、わざとではないのですよ!見ていらしましたよね、事故です」
「哪吒太子よ、たとえ事故であろうと、あの者の不注意が招いたことだ。それに、嫦娥に言い寄り彼女を汚そうとしたものは鎚打ち二千回だった。それと比べたら回数はうんと少ないであろう?」
だが哪吒太子の言葉にも、西王母の怒りは未だ収まらないようで。
「鞭打ちののち天界を追放し、七日に一度、その腹をこの鋭き宝剣にて貫くものとする!!!」
そのおぞましい量刑に、哪吒太子や青鸞童子をはじめその場にいた神仙たちは顔を恐怖に覆うもの、泣き出すもの、気を失う者と阿鼻叫喚だ。
めでたいはずの蟠桃会は、もはや収集不可能なほど混乱している。
「西王母さま!」
「哪吒太子よ、これは譲れぬのだ。その者がこのめでたき蟠桃会の場を汚した罪は重い。さ、捲簾大将をさっさと連れて行き、即座に刑を執行せよ!」
捲簾大将は衛兵に引き立てられ、処罰部屋へと運ばれていった。
「そんな……義父(とと)さま……っ!」
「青鸞!」
哪吒太子がその場に崩れ落ちる青鸞童子を風火輪を使い素早く移動し抱えた。
「哪吒にいさま……義父(とと)さまが、義父(とと)さまが……!」
「ごめん、青鸞……ごめん」
哪吒太子は気絶してしまった青鸞童子をつよく抱きしめ、自分の無力さを何度も謝罪した。
そして運ばれた捲簾大将は西王母の言いつけ通りに鞭打ちを受け、傷ついた身のまま人間界へと堕とされたのだった。