少年は驚くがもう立つ余力は残っていない。
目線だけでもと立ち上がった男の方へ視線を向ける。
間違いなく胸に剣は突き刺さっている。
「な、なんで生きてるんだよ!」
少年は叫ぶ。
「なんで生きてるだぁ?なんの魔力も纏っていないような武器で俺を殺せるわけがないだろ」
証拠にと言わんばかりに男は胸から剣を引き抜いてみせる。
そして少年の側に剣を投げつける。
「ば・・・、ばけもの・・・」
剣を突き立てられてもピンピンしている男に向かって言葉を投げかける。
「化け物だ?ハンッ!俺様は誰もが恐れ慄く悪魔クライオ様だ!身体に剣を刺してくれたお礼をしてやらないとなぁ」
男が手に力を込めるとどこからともなく水が現れる。
さらにクルクルと手を動かすと水は螺旋を描く水弾へと形を変化させ、少年の方へ放たれて両肩を貫通する。
「っ!」
少年は痛みで声をあげそうになるが、堪える。
「やるなぁ。これで声を出さないとはな。気に入った。話だけ聞いてやる」
自分は悪魔だと名乗った男は構えを解き、追撃の為に出していた水弾を消し去る。
「お前に話すことなんて無い。兄と同じように爪で胸を貫いて殺せばいいだろ」
少年は痛みに耐えながら必死に声を張る。
「殺すだぁ?何の話をしてるのかさっぱりだな」
クライオは鼻で笑う。
だが、少年のまっすぐで真剣な眼差しに悪魔は戸惑いを覚え、怯む。
クライオは自分の心を悟らせぬようにと頬を爪で掻く。
頬を掻いた手の甲には不気味に紋様が浮き上がっているが、村で見たものとは大きく異なっていた。
少年は俯き、ここに来た経緯をポツポツと話し始める。
クライオは少年の住んでいた村を破壊し、兄を殺した男にどうやら心当たりがあるようで、ぶつぶつと独り言を呟きながら少年の話を聞いていた。
「その男に心当たりがある」
少年が話終わると、クライオが間髪入れず返答する。
少年は俯いて地面に向けていた視線をクライオの方へ移す。
「教えてくれ!」
少年は目には憎悪が満ちていた。
クライオは少年の目を見て、ゾクゾクと体を震わせる。
もちろん少年を恐れて震えた訳ではない。
成人もしていないよう子供が、ここまで殺意をむき出しにした憎悪を内包することが出来るのかと興奮を覚えたのだ。
「別に教えるのは構わねぇ。だが、今のお前が会えたとしても一瞬で殺されるだろうな」
クライオは敢えて含みのある言い方をして、少年に何かを言わせようとしていた。
「別に殺されても構わないよ。僕にはもう何も無いんだ」
虚な目で少年は答える。
死ぬことが怖いとは思わなかった。
まだ村があって、兄が自分を守ってくれていたあの時なら死ぬのは怖かっただろう。
だが頼れる兄は呆気なく死んだ。
帰れる故郷も全て燃えて灰となるだろう。
もう失う物など何も無いのだ。
クライオは少年が思った通りの返答をしなかったので、深くため息をつく。
「はぁ・・・。やっぱ俺様にはこういうの向いてないか」
敢えて強い言葉を使い怖がらせることによって、死にたくないと思わせて何か力を乞うように仕向けたかったのだが、失敗した。
クライオ自身こういった駆け引きが得意では無いのは分かっていたが、こうもあっさり断られると悪魔とは何か考えさせられる。
少年にあいつの名を教えて犬死したとしても自分には全く害はない。
だが、この少年には可能性を感じた。
村を滅ぼしたのが俺では無いと分かった途端に犯人への殺意がこちらにまで伝わってきた。
復讐の炎とはよく聞くが、この少年の憎悪を例えるなら荒れ狂う波だ。
荒れ狂う波のように何度も押し寄せる激しい憎悪と敵討ちを実行する行動力。
誰でも敵討ちの為に誰かを殺そうと思うことはあるが、実際に行動に移せるものは少数だろう。
クライオは少年を見つめながらニタニタと笑う。
「お前、俺様と契約しろ。そうすればお前に敵討ちに手を貸してやる」
「なんだよ契約って」
「なに簡単な事さ。お前の可能性を貰う」
「可能性?」
この悪魔が何を言いたいのか少年には全く理解できなかった。
「あぁ、お前が生涯生み出すマナを全て俺様に寄越せ。それだけでお前の敵討ちを手伝ってやるんだ。いい条件だろ?」
クライオはニタニタと笑いながら少年に向かって手を差し出す
「けど、それじゃあ魔法が・・・」
少年は了承することを躊躇う。
生涯生み出すマナを全て渡すということは自分で魔法を行使することが二度と出来なくなってしまうということを意味する。
兄と同じ道を歩むことを諦めるということである。
「なんだ?魔法に思い入れでもあるのか?そんなもの捨ててしまえ。悪魔の力を使えるようになるんだぜ ?破格の条件だろ。それにお前言ってたじゃねぇ。僕にはもう何も無いってよ」
クライオはニタニタと笑いながら少年に問いかける。
この悪魔の言う通りだ。
もう自分には何も残っていない。
有るとすれば、兄を殺したあの男への憎悪だけ。
少年は覚悟を決めて、クライオを見つめる。
「いい目だ。覚悟は決まったようだな」
悪魔の言葉に少年はコクリ頷く。
「ハハハ、決まりだ!」
悪魔を中心に大きな水色の魔法陣が展開され、魔法陣の中に立つ少年と悪魔は世界から隔離される。
「さぁ、お前の頭ん中に言葉が浮かんでくるだろ。それが契約の呪文だ。間違えんなよ」
「水界に顕現せし渦潮の悪魔。渦巻く激流で屠る力を我が身に宿し、水天一碧の泡沫と為す。我が名はソロモン、ここにクライオと
詠唱を終えると魔法陣が眩い光を放ち、ソロモンの左手の人差し指に青色の宝石がついた指輪が顕れる。
それと同時にソロモンは倦怠感を感じる。
契約通り金輪際ソロモンは魔力を体内で作り出すことは出来ず、クライオに全て献上することになったからだ。
「魔力は全て頂いたが、情けで魔力を扱う器官だけは残しといてやるよ。ハハハ、二度とお前が使うことはないだろうがな!それにしても力が漲ってくるな!」
クライオは自身の体を見て、ニタニタと笑う。
「さぁ、ソロモン。俺様の俺様の力を見せてやる。指輪を取れ」
ソロモンは言われた通りに左手の人差し指にハマっている指輪を引き抜く。
───
ソロモンの体を黒い靄のようなものが取り巻き、靄が消えるとソロモンの髪色や瞳の色が銀色には変化しており、手の甲にはクライオのものと同じ紋様が不気味に光を放つ。
どうだ、力が溢れてくるだろ
ソロモンの脳内に直接クライオの声が響く。
「す、すごい」
魔力を持っていた時でもこれほどまでに力を感じたことはなかった。
あっちの方で燃えてる村がお前が言ってた村か。丁度いい。俺にお前の身体のコントロールを渡せ。面白いものを見せてやる。
言われたことはイマイチよくわからなかったが、なぜかどうすれば良いのかがわかった。
ソロモンは言われた通り、クライオに身体のコントロールを渡す。
「ハハハ!見せてやるよ。俺様の力を!」
コントロールを得たクライオは宙に浮き、燃え盛る村を一望できる場所まで移動する。
そして腕を前に突き出すと、ソロモンの体と同じくらいの大きさの水色の魔法陣が現れる。
「
魔法陣が収束し、一帯を立つこともできないほど風が吹き荒れ、暴雨が降り注ぐ。
天気をも変えてしまうほどの力。
それが悪魔の力である。
「恐れ慄け!我を讃えよ!ハハハ!」
身体のコントロールを得た、クライオは高笑いして鎮火した村を見下ろす。