僕が住んでいる小屋から村までは半刻もかからない距離にある。
巨大な木の生命力が強すぎて、木が生える速度が尋常ではないので、少し離れた場所に村があるのだと思う。
学のない自分には他にどんな理由があったとしても、想像することは出来ない。
「変な時間に飛び出してきちゃったからすぐに暗くなりそうだ。村まで少し急いだ方がいいな」
空の方へ視線を向けるとすでに空は赤に染まり、すぐにでも夜の闇が世界を覆い隠しそうだった。
暗くなると魔物と呼ばれる、非常に危険な生き物が森を徘徊し始める。
普通の動物と似ているが凶暴で、動物には襲いかからないのだが人間だけはその限りではない。
兄のように強い剣士であれば倒すのはそこまで難しくないのだが、剣もまともに扱えず
兄に早く報告したいが為に護身用のナイフすら持たずに飛び出てきてしまったので、魔物と遭遇しないように早めに村に着きたい。
急ぎ歩く事、四半刻。
「あと少し。あと少しで村に着く」
魔獣の恐怖と早く兄に報告したい一心で歩いていたのでかなり早いペースで村に向かう為の最後の坂である。
走って登ろうと坂の頂上付近へ視線を向けると、空が赤く燃えている。
「良かった。暗くなるまでには着きそうだ」
ここからなら暗くなる前には村に到着出来る。
そう思って坂を上がっていくが、違和感を覚える。
小屋を出てきた時点ですでに日が落ち始めていた気がする。
自分の思い違いだったか。
初めはそうやって自分の気持ちを落ち着かせていたが、違和感は徐々に焦りに変わる。
そんなはずは無い。
村には自分なんかとは比較することすら烏滸がましい兄がいる。
兄がいるのにそんなこと有り得ない。
気持ちと比例するかのように坂を登る足が早くなっていく。
頂上まで登りきって村を一望する。
有り得ないと思っていたことが、目の前で現実になっている。
村には火の手が上がり、家が遊び場が広場が全て崩れ去っていた。
「嘘だ・・・」
ポツリと呟き、村に向かって駆けだす。
下り坂の勢いを制御することなく村に向かう為の森に入り、ただ一心不乱に何度も転びながら村を目指す
村の入り口も住んでいた木の家も兄にあの言葉をもらった場所も全て炎に包まれ跡形もなくなっていた。
"誰か"生き残りが居ないか。
ただそれだけを考えて燃え盛る村の中を走り回った。
そして、目の前に自分が求めていた村の絶対的守護者ルカインの姿が現れる。
兄の姿が見えた瞬間、安堵を覚えていた。
やっぱり生きていた。
当たり前だ。
何があったのかは分からないがこの村で最強の兄がどうにか食い止めてくれていたのだろう。
ここに来るまでに何人か住人が転がっていたが、おそらく全員は助けられなかったに違いない。
「兄さん!」
声を張り上げ兄の元へ駆け出そうとした途端、兄が糸の切れた操り人形のようにバタリと地面に倒れ込む。
「にい・・・さん・・・?」
何が起きたのか、全く理解できない。
現実を受け止められないでいた。
村で最強だった兄さんはピクリとも動かずに地面に転がっている。
全く追いつかなかった思考が徐々に追いつき始め、何が起きたのかを理解する。
絶対的な強さを誇る兄が負けたのだ。
燃え盛る森の中、木々と家屋が音を立てて崩れ落ちる。
少年は声にならない声で叫び、絶望に打ちひしがれる。
強く握った拳には血が滲み出る程に何度も地面を殴った。
自分が居て何かが変わったかは分からないが、それでも自分の無力さを恨まずにはいられない。
憎悪に満ちた少年の瞳に映るのは、禍々しい黒いオーラを纏った男性の姿。
頭には立派な黒い角が生えており、手の甲には独特の紋様が浮かび上がる。
男は兄の心臓を一突きにできるほどの黒く長い爪についた血を払い、少年には目もくれず、その場を後にする。
少年は兄の元へ駆け寄るが、兄はすでに事切れていた。
「嘘だろ兄さん。嘘だって言ってくれよ。昔みたいに優しく笑いかけてよ」
少年の頬に涙が伝う。
「あいつが。あいつがやったんだな。村をみんなを。兄さんを」
少年の目はあの男への憎悪で満ちていた。
少年は兄が携えていた剣を手に取り、立ち上がる。
兄を殺したあの男が去っていた方へ走り出す。
「絶対に殺してやる」
どんな手を使っても兄を殺した報いを受けさせる。
村の人にどれだけ心無い言葉を言われても、どれだけ兄と比較されてもこんな気持ちになったことなかった。
初めての殺意。
執念で森を駆け回り、ようやく禍々しいオーラを纏った男を見つける。
「殺してやる」
少年はさらに加速し、男の背後から剣を突き立てる。
剣は測らずか男の心の臓を捉えた。
剣を突き立てられた男は勢いを殺しきれず、少年と共に地面に倒れ込む。
少年はすぐに立ち上がり、男に剣が刺さっていること確認する。
「兄さん・・・。俺が仇をとったからね」
少年は殺した男の横に力無く座り込む。
「どこのどいつかしらねぇが、敵討ちとは大したガキだ。見所がある。だが相手が悪かったな」
心の臓に剣を突き立てられ死んだはずの男が何事もなかったかのように立ち上がる。