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二十九話 知ってたよ



 駅前にあるネットカフェは、チェーン店というわけではなく、地元の店が細々とやっているような、小さな店だ。その為、しっかりした設備とは言い難く、パソコンも旧型だしインターネットも速くない。ドリンクバーの種類も少ないので、利用客の目的の殆どは、シャワー目的や仮眠目的だった。


 オレは入り口で受付を済ませると、半個室になっている部屋をチラリと覗きながら晃を探した。田舎のネカフェは、平日利用するような人間は少ないらしい。勉強している学生っぽい青年。ノートパソコンに必死でなにかを打ち込んでいる女性。それぞれ目も合わせず漫画を読んでいる若いカップル。そして奥の席に、アイマスクをして仕切りの壁に寄りかかる晃がいた。


 ぶん殴ってやりたい衝動を堪えて、膝を叩く。晃がアイマスクをずらして、ぎょっとした顔をした。


 オレは親指を立てて、入り口を指す。


「お客さん、ちょっと良い?」


「――っ、陽介……」


 どこか観念したような表情を滲ませ、晃は唇を結んだ。




   ◆   ◆   ◆




「タレコミがあってな」


「……」


「どういうつもりだよ?」


 店の外に出て、オレは眉を寄せて晃を睨んだ。晃は目を逸らして、顔を歪めている。


「なんで、こんなところに居るんだよ。忙しいとか言ってたくせに」


「っ、それは……」


「オレの話なんか、聞きたくなかったわけ? そんなに……っ」


 ジワリ、涙が滲む。胸が痛い。肺から空気がなくなってしまったみたいだ。


 そんなに、嫌われてたなんて。


「陽介……、俺は――」


「言い訳くらい、させてくれれば良いのにっ……!」


「っ……!」


 晃の顔が歪む。


 ああ。


 オレたち。これで終わりなんだ。


 デート。楽しかった。


 キスすんの、好きだった。


 手が早くて、エッチで。こっちが戸惑うくらいだったけど。


 全部、好きだったのに。


「――知って、た」


 晃が、ボソッと呟いた。


「知ってたんだ、俺」


「――は……?」


 急に、何を言い出したのか。


 晃が両手で顔を覆って、そんなことを言ってきた。どんな顔で言っているのか、解らないが、酷く、晃の声は震えていた。


「なに、が……?」


 掠れた問いかけは、届いたかどうか解らない。ただ、晃は絶望したような声で、「ごめん」と呟いた。


「知ってて、黙ってた……。お前が、押しに弱いのも、全部知ってて」


 は?


 待って。


 こいつは、何を言ってる?


「本当は、キスしたら、ネタばらししようと思ったんだ。でも、お前――嫌そうじゃ、なかったからっ……」


「――え?」


 ドクドクと、心臓が鳴る。


 オレは何を聞かされて、晃は何を言い出しているんだろうか。


(なんで、晃が謝ってんだ……?)


 晃が顔を上げる。思っていたより盛大に泣いていて、こっちの涙が引っ込んだ。


「ちょ、ちょっと待って」


「ごめん、陽介っ……、ごめんっ……」


「え? ほわい? なんでお前が謝ってる?」


 晃の肩を掴み、宥めるように腕を擦る。泣くな泣くな。この状況に着いていけてないぞ。


「ごめん、陽介。ずっと、好きだったんだ」


「は?」


「嫌いに、ならないで。どこかに、行かないで」


 ぎゅう、と抱き締められ、晃の告白が徐々に胸に染み込んでいく。


 ドクドクと、心臓が鳴る。冷えきった指先が、炎が点ったように熱くなる。


「す、好き……?」


 好きだと、そう言ったのだろうか。聞き間違えじゃないんだろうか。


「別れたくない。お願い。お願いします。もう抱きたいって言わないから。離れないで――」


 大の男が、大泣きして、オレに告白をしているように聞こえる。聞き間違いでなければ、晃はオレが好きで。オレと、別れたくないらしい。


「待て、晃。待て。なんで別れる話に――いや、オレもそうなるかもとか思ったけど」


「――別れ話をしたかったんじゃ?」


 晃が顔を上げる。イケメンが台無しだ。目も鼻も真っ赤じゃないか。


「いや、オレはお前に謝ろうと」


「は? 何を? 陽介が謝ること何もないよね?」


「いや、オレがイタズラでお前に――」


 と、言い掛けて、オレは晃の顔を覗き込んだ。


「知ってたんだな?」


「……うん」


 バツが悪そうに目を逸らす晃に、オレは呆れて顔をひきつらせた。


 お前、オレの心労を返せ。


「お前、やってるわ」


 いっつも、オレのイタズラを上回ってくるのやめろって。





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