返事は帰って来なかったが、オレは話す気満々だった。イメトレして、どう切り出すか考えながら、精神統一をする。
晃は残業なのか、寮に帰っても姿を見せなかった。夕飯をほどほどに食い、話し合いに備える。あまり腹に入れても、良くない気がした。
「晃のヤツ、遅いな……。まだ既読つかないし」
部屋に入ってヤッくんにエサをやりながら、スマートフォンを確認する。未だに既読はついていない。忙しいのだろうか。
せっかく言おうと思っているのに、これじゃあ集中が切れてしまうじゃないか。精神統一、精神統一。
すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。
ストレッチしたり、深呼吸しながら、嘘だと告げたあとの反応に備える。晃に嫌われたら、どうしよう。顔もみたくないと言われたら、どうしよう。
死ぬかも知れない。
だからと言って、逃げるわけには行かない。自分が傷つきたくないからって、そのままにはしておけない。
ああ、なんて馬鹿なことをしたんだろうか。
あの時、晃に土下座までさせてしまったのに。今度はオレが土下座して謝る番だ。
「はぁ……」
重いため息を吐き、晃を待つ。時計の針の音が、やけに大きく感じる。
「……」
「……」
「……」
遅いな。
いつもならこんなに遅くならないんだけど。
時刻はもう、門限を過ぎようとしている。次期に大浴場のボイラーも落ちるだろう。
(こんな、遅くに……、話すの……迷惑かな……)
けど、今日話すと決めたのだし……。また、決心が揺らいでしまうから……。
ベッドにもたれ掛かって、ウトウトと微睡み始める。目蓋が次第に重くなって、思考が鈍くなっていく。
腕がパタリと重力に引かれるように床に落ち、オレはそのまま眠りへと落ちていったのだった。
◆ ◆ ◆
ハッと気づいて目を覚ますと、ベッドの中だった。ベッドに潜り込んだ記憶がない。
「え? 朝?」
混乱しながら起き上がる。カーテンは既に開けられており、朝日が射し込んでいる。
顔を上げると、クローゼットの前で、晃がネクタイを結んでいるところだった。
「あ、起きた? おはよう」
「おはよう……って、昨日、めっちゃ遅くなかった? オレ、寝落ちしちゃったんだけど」
「うん。お前、ヤッくん水槽の外にいたぞ。寝落ちは良いけど、ヤッくんは戻してやれよ」
「ゲッ。マジ? うわー、やらかした……」
ヤッくんしまい忘れてたか。可哀想なことをした。晃が踏まなくて良かったよ。
晃がベッドに寝せてくれたのだろうか。疲れていただろうに悪いことをした。晃には迷惑を掛けっぱなしだ。
「なあ、昨日メッセ見なかった? オレ、お前に話が――」
「悪い。今週は忙しいんだ。だから、待ってないで先に寝てて良いから」
「え」
オレの言葉を遮って、晃はそう言うと、そそくさと身支度を整える。
「ちょ、おい。忙しいって……」
「悪いな。じゃ」
「え――」
手を伸ばしたが、届くことはなく、晃は扉を開いて出ていってしまった。取り残されたオレは、意味がわからずに立ち尽くす。
「忙しいって……。朝飯も食えないほど……?」
繁忙期でもなければ、月末でもない。何をして忙しいのか解らないが、朝も夜もだなんて、あり得るのだろうか。
(もしかして、避けられてる……?)
ズキリ、心臓が痛む。
ああ、もしかしたら。晃に何もかもバレたのかも知れない。
もう終わりなのかも知れない。そう思うと、胸が苦しくなる。
「……謝らせてもくれないのかよ……。バカ……」
目蓋を擦って、鼻をすすった。
もう、ここには居られない。荷物を纏めよう。
「ヤッくんは、連れていって良いよな……」
ポツリ呟いて吐き出した吐息は、重くくすんだ色をしている気がした。