目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

二十七話 すれ違い



 返事は帰って来なかったが、オレは話す気満々だった。イメトレして、どう切り出すか考えながら、精神統一をする。


 晃は残業なのか、寮に帰っても姿を見せなかった。夕飯をほどほどに食い、話し合いに備える。あまり腹に入れても、良くない気がした。


「晃のヤツ、遅いな……。まだ既読つかないし」


 部屋に入ってヤッくんにエサをやりながら、スマートフォンを確認する。未だに既読はついていない。忙しいのだろうか。


 せっかく言おうと思っているのに、これじゃあ集中が切れてしまうじゃないか。精神統一、精神統一。


 すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。


 ストレッチしたり、深呼吸しながら、嘘だと告げたあとの反応に備える。晃に嫌われたら、どうしよう。顔もみたくないと言われたら、どうしよう。


 死ぬかも知れない。


 だからと言って、逃げるわけには行かない。自分が傷つきたくないからって、そのままにはしておけない。


 ああ、なんて馬鹿なことをしたんだろうか。


 あの時、晃に土下座までさせてしまったのに。今度はオレが土下座して謝る番だ。


「はぁ……」


 重いため息を吐き、晃を待つ。時計の針の音が、やけに大きく感じる。


「……」


「……」


「……」


 遅いな。


 いつもならこんなに遅くならないんだけど。


 時刻はもう、門限を過ぎようとしている。次期に大浴場のボイラーも落ちるだろう。


(こんな、遅くに……、話すの……迷惑かな……)


 けど、今日話すと決めたのだし……。また、決心が揺らいでしまうから……。


 ベッドにもたれ掛かって、ウトウトと微睡み始める。目蓋が次第に重くなって、思考が鈍くなっていく。


 腕がパタリと重力に引かれるように床に落ち、オレはそのまま眠りへと落ちていったのだった。




   ◆   ◆   ◆




 ハッと気づいて目を覚ますと、ベッドの中だった。ベッドに潜り込んだ記憶がない。


「え? 朝?」


 混乱しながら起き上がる。カーテンは既に開けられており、朝日が射し込んでいる。


 顔を上げると、クローゼットの前で、晃がネクタイを結んでいるところだった。


「あ、起きた? おはよう」


「おはよう……って、昨日、めっちゃ遅くなかった? オレ、寝落ちしちゃったんだけど」


「うん。お前、ヤッくん水槽の外にいたぞ。寝落ちは良いけど、ヤッくんは戻してやれよ」


「ゲッ。マジ? うわー、やらかした……」


 ヤッくんしまい忘れてたか。可哀想なことをした。晃が踏まなくて良かったよ。


 晃がベッドに寝せてくれたのだろうか。疲れていただろうに悪いことをした。晃には迷惑を掛けっぱなしだ。


「なあ、昨日メッセ見なかった? オレ、お前に話が――」


「悪い。今週は忙しいんだ。だから、待ってないで先に寝てて良いから」


「え」


 オレの言葉を遮って、晃はそう言うと、そそくさと身支度を整える。


「ちょ、おい。忙しいって……」


「悪いな。じゃ」


「え――」


 手を伸ばしたが、届くことはなく、晃は扉を開いて出ていってしまった。取り残されたオレは、意味がわからずに立ち尽くす。


「忙しいって……。朝飯も食えないほど……?」


 繁忙期でもなければ、月末でもない。何をして忙しいのか解らないが、朝も夜もだなんて、あり得るのだろうか。


(もしかして、避けられてる……?)


 ズキリ、心臓が痛む。


 ああ、もしかしたら。晃に何もかもバレたのかも知れない。


 もう終わりなのかも知れない。そう思うと、胸が苦しくなる。


「……謝らせてもくれないのかよ……。バカ……」


 目蓋を擦って、鼻をすすった。


 もう、ここには居られない。荷物を纏めよう。


「ヤッくんは、連れていって良いよな……」


 ポツリ呟いて吐き出した吐息は、重くくすんだ色をしている気がした。








この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?