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二十五話 ぎこちない空気に



 帰りの車内で、晃はわざと明るく振舞っているようだった。会話が途切れたら、沈黙してしまったら。それを恐れるように、過剰に喋る様子が、どこか痛々しかった。


 オレはと言えば、そんな晃のことは気になったものの、咄嗟に強張ってしまった自分の心境に手いっぱいで、ただ相槌を打つくらいしか出来ない。晃のことが好きなのに、どうして、あの時強張てしまったのだろう。そんなことばかり、考えていた。


「俺、車回してくるから。先に入ってろよ」


「うん」


 ボンヤリしたままそう返事し、玄関に入る。本当は、夕暮れ寮ラブホ化計画なんて遊ぼうと思っていたのに、とてもそんな気分になれない。


『嘘だったんだ? 最低だな、お前』


 耳に残る、嫌な言葉。あの言葉は、夢だったけれど、事実なんだ。オレは晃をだまして、そのまま知らないふりをして付き合っている。晃の人の好さに付け込んで、居心地の良いままに傍に居る。


 結局のところ、オレもよく解っているんだ。このままじゃ、やっぱりダメで、拒絶されたとしても、ちゃんと向き合わなきゃならない。オレは悪ふざけで嘘は吐けるけど、他人をだますために嘘は吐けない。怒られても、拒否されても、真実を告げる時が来たのだ。


(こんなに、引きずらなきゃよかった……)


 あの日、「責任を取る」と言った晃に、どうして「何言ってんだよ馬鹿、嘘だよ」と言ってやれなかったのだろう。ひょっとしたらあの瞬間に、悪い自分の潜在意識が、晃を手に入れるチャンスだと思ってしまったのだろうか。


 好きな人に誠実で居られない自分は、最低だ。こんな自分、好きじゃない。


 ぐずっと、にじみ出た涙と鼻を啜って、エレベーターへと向かう。


 晃に言おう。


 謝ろう。


 どんな結果になろうとも、受け止めるしかないんだから。




 ◆   ◆   ◆




 ベッドに座ってしばらくして、晃が帰って来た。晃はオレの姿を見て、ホッとしたような顔をする。


「何か飲むか? それと、晩飯どうする?」


「あ――、晃」


「思ったより早く帰ってきちゃったもんな。ビールで良いか?」


 晃が小型冷蔵庫を開けて、ビールを取り出す。いざ言おうとなると、やはり勇気がいる。今の関係を、壊したくないと、怖気づく自分が居る。どこかで、また、「なにが問題なんだ?」と宮脇の言葉を免罪符にしようとする自分が居る。


「晃、その……話が」


「――」


 晃はオレの声に一瞬だけ黙った。だが、次の瞬間にはニッと笑って、缶ビールを手渡してくる。


「今じゃなくて良いだろ。ホラ」


「えっ……、あ」


「ほい、乾杯。っと。何かツマミ、あったかな」


「晃」


「良いから、飲めって」


 そんな気分じゃない。そう言いたかったのに、晃はグイとビールを呷ると、そのまま口づけて来た。口移しで、ビールを飲まされる。急な行動に驚くと同時に、晃にキスされ、胸がじわりと熱くなった。


「っ、ん」


「陽介……」


 唇を舐められ、ゾクンと背筋が震える。一度唇が離れ、もう一度キスされる。


(ああ……、やっぱ、嫌われんの……、辛い)


 キスを受け入れ、夢中で舌を吸う。晃のことを知ってしまった身体は、拒絶することは難しい。だって、もっと、欲しい。


「晃……っ」


 ハァと吐息を吐き出し、晃を見つめる。存外、真剣な表情で、晃はオレを見ていた。


「嫌じゃないだろ、陽介……」


 言い聞かせるようにそう問いかける晃に、オレは小さく頷く。


「う、ん……、晃……」


「ん、それで、良いから……」


 もう一度唇を重ねて、晃はオレの髪を宥めるように、ずっと撫でていた。





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