帰りの車内で、晃はわざと明るく振舞っているようだった。会話が途切れたら、沈黙してしまったら。それを恐れるように、過剰に喋る様子が、どこか痛々しかった。
オレはと言えば、そんな晃のことは気になったものの、咄嗟に強張ってしまった自分の心境に手いっぱいで、ただ相槌を打つくらいしか出来ない。晃のことが好きなのに、どうして、あの時強張てしまったのだろう。そんなことばかり、考えていた。
「俺、車回してくるから。先に入ってろよ」
「うん」
ボンヤリしたままそう返事し、玄関に入る。本当は、夕暮れ寮ラブホ化計画なんて遊ぼうと思っていたのに、とてもそんな気分になれない。
『嘘だったんだ? 最低だな、お前』
耳に残る、嫌な言葉。あの言葉は、夢だったけれど、事実なんだ。オレは晃をだまして、そのまま知らないふりをして付き合っている。晃の人の好さに付け込んで、居心地の良いままに傍に居る。
結局のところ、オレもよく解っているんだ。このままじゃ、やっぱりダメで、拒絶されたとしても、ちゃんと向き合わなきゃならない。オレは悪ふざけで嘘は吐けるけど、他人をだますために嘘は吐けない。怒られても、拒否されても、真実を告げる時が来たのだ。
(こんなに、引きずらなきゃよかった……)
あの日、「責任を取る」と言った晃に、どうして「何言ってんだよ馬鹿、嘘だよ」と言ってやれなかったのだろう。ひょっとしたらあの瞬間に、悪い自分の潜在意識が、晃を手に入れるチャンスだと思ってしまったのだろうか。
好きな人に誠実で居られない自分は、最低だ。こんな自分、好きじゃない。
ぐずっと、にじみ出た涙と鼻を啜って、エレベーターへと向かう。
晃に言おう。
謝ろう。
どんな結果になろうとも、受け止めるしかないんだから。
◆ ◆ ◆
ベッドに座ってしばらくして、晃が帰って来た。晃はオレの姿を見て、ホッとしたような顔をする。
「何か飲むか? それと、晩飯どうする?」
「あ――、晃」
「思ったより早く帰ってきちゃったもんな。ビールで良いか?」
晃が小型冷蔵庫を開けて、ビールを取り出す。いざ言おうとなると、やはり勇気がいる。今の関係を、壊したくないと、怖気づく自分が居る。どこかで、また、「なにが問題なんだ?」と宮脇の言葉を免罪符にしようとする自分が居る。
「晃、その……話が」
「――」
晃はオレの声に一瞬だけ黙った。だが、次の瞬間にはニッと笑って、缶ビールを手渡してくる。
「今じゃなくて良いだろ。ホラ」
「えっ……、あ」
「ほい、乾杯。っと。何かツマミ、あったかな」
「晃」
「良いから、飲めって」
そんな気分じゃない。そう言いたかったのに、晃はグイとビールを呷ると、そのまま口づけて来た。口移しで、ビールを飲まされる。急な行動に驚くと同時に、晃にキスされ、胸がじわりと熱くなった。
「っ、ん」
「陽介……」
唇を舐められ、ゾクンと背筋が震える。一度唇が離れ、もう一度キスされる。
(ああ……、やっぱ、嫌われんの……、辛い)
キスを受け入れ、夢中で舌を吸う。晃のことを知ってしまった身体は、拒絶することは難しい。だって、もっと、欲しい。
「晃……っ」
ハァと吐息を吐き出し、晃を見つめる。存外、真剣な表情で、晃はオレを見ていた。
「嫌じゃないだろ、陽介……」
言い聞かせるようにそう問いかける晃に、オレは小さく頷く。
「う、ん……、晃……」
「ん、それで、良いから……」
もう一度唇を重ねて、晃はオレの髪を宥めるように、ずっと撫でていた。