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二十話 晃を好きにならなかった人生



 陰鬱な気分で寮に戻ると、玄関口で段ボールを抱えた吉永律と出くわした。吉永は七つ歳上の先輩というヤツで、航平と仲が良い。


「うーっす。吉永パイセンなにやってんすか?」


「んー? ああ、蓮田。お帰り~。何って、引っ越しの準備?」


「は!? 引っ越し!?」


「嘘ぴょん」


「って、嘘かーい」


 ケラケラ笑って、吉永は「まあ、半分は本当」と言った。


「何ですか、半分は本当って」


「いやー、そろそろ出ていけって言われてんのよ」


「ああ……。先輩、お年ですもんね」


「ぶっ殺すぞガキ」


 物騒な言葉が飛び出すが、吉永は笑っている。基本的に『怖い先輩』ではなく『面白い先輩』の枠に居るので、本気でないのは解っている。


「でも、そっか。寮出るんですか」


「そのうちね」


「航平も今年中に出たいって言ってましたけど」


「おうおう。連れてっちゃおうかね?」


「あー、良いっすね。アイツ口ばっかでどうせ自分じゃ動かんですよ」


「あー、解るわ。航平くん、そういうとこあるよねー」


 航平は、男子寮なんかにいたら出会いがないと、今年こそ寮を出ると息巻いて、半年以上なにもしていない。オレたちは「どうせ来年も寮にいるぞw」と、居る方に賭けたので、連れていかれると賭けに負けるんだが。


「で、荷物?」


「取り敢えずレンタルスペースにね。長年住むと物が多くてよ。引っ越しも大変だわ」


 まだ物件が決まったわけではないそうだが、少しずつ片付けを始めたらしい。大変なこった。


「あー。吉永パイセンとか鮎川先輩、年季入ってますもんね」


 確かに、長年住むと物が増えるよな。オレも要らんもの多いし。


「お前も他人事じゃないぞ? 今は大津と一緒に部屋使ってるみたいだけど、好き放題物置にしてたら、後が大変なんだから」


「あー。この前晃が風邪引いて、行く場所なかったんですよね……」


「片付けとけー。マジで」


 確かに。ちょっとくらい片付けようかな。寝る場所がないのもそうだが、物置にしたらジメジメして部屋が痛みそうだし。


「……片付けます」


 やる気を失くす前に、始めてしまおう。オレの反応に、吉永は「素直でよろしい」と、得意げだった。


「あ、引っ越しの話、航平くんにはナイショなー」


「え? そうなの?」


「泣いちゃったらカワイソウでしょ?」


 そういう口許がにやけていたので、何かイタズラしようと思ってるんだろうな。


(オレも、先輩たちが居なかったら、こんな悪ふざけ、社会人になってまでやらなかったよなあ……)


 夕暮れ寮の馬鹿代表はオレだけど、いたずらっ子代表は吉永だと思う。


(まあ、イタズラしてなかったら、きっと晃と、こうなってなかった)


 その方が幸せだっただろうか。


 そう、一瞬思ったが、否定する。


 晃のことを好きだと、気づかなかった人生に、意味があるはずがない。




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