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六話 また言えないまま




 はむ、と熱々のギョーザを口に放り込む。焼き目のついた皮がパリリと弾けると同時に、中からジュワワと肉汁があふれでてくる。豚の脂の甘さと旨味がぎゅっと詰まった、ジューシーな餃子に、思わず唸った。


「んんーっ♥ んまーい」


「はは。旨そうに食うなぁ」


 カウンターに並んで座る晃が、オレの顔を覗き込んで嬉しそうに笑う。その表情にドキリとして、ゴクンとギョーザを飲み込んだ。


「な、なんだよ。見んなよ」


「あまりにも美味しそうに食べてるから」


「う、美味いんだもん、そんな顔になるだろ」


「うん。そうだな。俺のもやろうか?」


「い、良いって!」


 譲ろうとする晃に、首を振ったのに、晃はオレの皿にギョーザを載せてきた。まあ、食べるけどさ……。


 晃の視線が、落ち着かない。


(いやまあ、前からこんなヤツではあるんだけどさ……)


 オレが食べていると、「もっと食え」とばかりに自分の分もくれるようなヤツだった。意識してしまうのは、キスをしたからだろうか。


(ってか、晃のヤツ、あんなキスするやつだったんだな……)


 エロくて、激しくて、ちょっと、強引なヤツ。


 と、思い出してしまい、ポッと顔が熱くなる。


(いかんいかん。思い出すな。……今までのカノジョとかとも、あんなキスしてたのかな……)


 想像して、何故か胸がモヤりとする。


「? どうした、陽介」


「い、いや、なんでも」


 急に黙り込んだオレに、晃が首をかしげる。


 オレは誤魔化すように、「あ、チャーハンも頼んじゃおう」とわざと明るく振るまった。




   ◆   ◆   ◆




 いやいや、違う。

 そうじゃないのだ。


(キスに動揺してる場合じゃなかった……)


 ベッドに寄りかかりながらテレビを眺め、急に思い出してセルフ突っ込みを脳内で行う。テレビではおしゃれなハンバーガー特集をやっていて、都内のカフェレストランを紹介するバラエティーが流れている。


「次、ハンバーガーでも作るか?」


「あー、うん。良いね。チーズ増し増しで肉! って感じのヤツ好き」


 晃の言葉に相づちを打ちながら、脳内では別のことを考える。


 動揺してる場合じゃない。はやく誤解を解くべきだ。


『あれ、冗談だったよ★ 騙された~?』


 って、軽く明るく言わなきゃならん。もうキスまで(しかもベロちゅー)してしまったし、このままじゃ色々と気まずい感じになっちゃう。


 ああ、嘘なんかつくもんじゃないな。イタズラにしても、ちゃんと分別をつけるべきだ。うん。


(しかし晃のヤツ、男相手に平気でキス出来ちゃうヤツなのね……)


 そしてオレも、晃とキスしても平気なヤツだった。うん。


 まあ、晃は見た目イケメンだし、毛深くないし、キモい感じじゃないからな。なんか別に、全然平気。


 考えごとをしながらテレビを見ていると、不意に晃が肩をぶつけて来た。ビクッと肩を揺らし、晃の方を見る。


「っ、な、なんだよっ」


「聞いてんのかって。ボンヤリしちゃって」


「え? 何か言ってた?」


 うわ、マジで聞いてなかった。晃はむぅと唇を曲げ、眉を寄せる。


「本当に聞いてないし……。明日、渋谷行くかって。さっき紹介されてた店」


「え? ああ、ハンバーガーの?」


「うん。俺、ああいうグルメ系ハンバーガー食ったことないし」


 ああ、オレもあんなハンバーガー食ったことねえなあ。結構高いし、オシャレだけど。


 晃は「それに」と言って視線を向けた。


「ちゃんとデートしたい、じゃん?」


「――は」


 デート? デートって……。


 一瞬、なんのことか解らず思考停止する。それから、遅れてジワりと顔が熱くなった。


「っ、あの、なあっ……。デートって……」


 ただ、出掛けるだけじゃんか。そう反論しようとしたのに、晃が指を絡めてきたので、口に出せなかった。


 ぎゅうっと唇を結んで、真っ赤な顔をしたオレを、晃が笑う。


「な、行こ?」


「っ――」


 晃の唇が、耳を擽る。なぞるように触れられ、ゾクゾクと背筋が粟立った。


「んちょぉっ……!」


「陽介」


「わっ、解った! 解ったから!」


 晃の胸を押し返しながらそう返事して、耳を押さえる。本当に、なにしやがる。


「あは。良かった。楽しみだ」


「このっ……」


 文句を言ってやりたかったけど、嬉しそうに笑う晃に、結局は黙ってしまう。


(な、何がデートだよ。いつもと一緒だし……)


 ただ遊びに行って、飯を食うだけだ。別に、デートでもなんでもない。


(それより、こんな雰囲気で言えるかよっ……)


 すっかり嬉しそうにしている晃に、オレは結局イタズラだったと言えずに、そのまま曖昧にしてしまうのだった。





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