オレは問題を先送りにした。
(だって、言うタイミングないじゃんね!?)
誰に言い訳しているのか自分でも解らない。結果としてオレは、時間に全てを委ねることにした。
今朝は晃も動揺していたのだろうし、驚きと義理堅さから口走ってしまったのだろう。
落ち着けば、イタズラだったと気がつくかも知れないし、やっぱ責任とか重すぎる話だと思い直すかもしれない。
とにかく、今は穏便に過ごそうじゃないか。
(とはいえ)
オレは部屋の隅っこでヤドカリをつつきながら、スマートフォンを眺めている晃をチラリと見た。
(今日は休日なんだよなあ)
なんなら明日も休みだが? 何で会社ってこんなに休みが多いんでしょうね?
いつもなら二人で遊びに行ったり、まったり過ごしたりする。寮でのオレの生活は、ほとんど晃と一緒だ。ワンセットと言っても良い。
まあ、気まずいだけで、変わることはなんも無いんだろうけどさ。
「ホイホイ、ヤッくんエサだぞー。ふへへ」
ヤッくんは可愛いなあ。癒される。ヤドカリと戯れていると、不意に背中に重みを感じて、ギクリとした。
「うおっ」
「今日はどこか行く?」
ベッドの上にいた晃がいつの間にか背後にいた。肩に顎を乗せられ、体重を預けられる。
いつもやられているのに、妙に意識してしまう。なんでだ。
「よっ、予定はねーけど」
「んじゃ、昼飯食いに行く? 駅前に遊びに行っても良いし」
「あ、うん」
「気乗りしない?」
「い、いや、そう言うわけじゃん……」
晃がフッと笑って、オレの手に自分の手を重ねてきた。もちろん、今までそんなことをされたことはない。
ビクンと肩を揺らすオレに、晃がクスリと笑う。やめて。その顔でそんな風に笑うの。なんか顔が熱くなる。
「洋介、意識してる?」
「しっ、シテナイガッ!?」
いやもう、めっちゃしてんじゃん。自分でも解るわ。すげーダサいわ。
晃の指が、オレの指に絡み付く。それ、やめて。心臓がヤバい音立ててる。
「ちょ、晃っ……」
「可愛いとこあるんだな」
「待て待て待て! 変な空気にすんな!」
背筋がゾクゾクする。なんか危険信号が出てる気がする。
慌ててもがこうとするのに、いつの間にか晃の膝の上に乗せられ、抱き抱えられていた。
手、早ない?
「ちょ、待っ、あき――」
晃の顔が近づく。ヤツがなにをしようとしてるのか解ったのに、身体が動かなかった。
ふに、と柔らかい感触が唇に押し当てられた瞬間、パニックで頭のなかが真っ白になった。
いくら仲が良くても、晃とキスするなんて想像したことなんかない。
「んっ、う」
押し当てられただけのキス。だけど、ビックリしてしまって。混乱して身体が震えた。
晃はそれを察してか、オレの背中を擦る。けど、キスはやめなかった。
やがて晃の舌が、オレの唇を舐め出した。唇の隙間から、中に入れてくれというようにイタズラに蠢く。
(ば、ばかっ……、このっ…)
本当にキスするやつがいるか。いや、晃は本気でオレに責任を持つ気らしい。って、責任ってなんですか。どうやって取るんですかねえ!?
ぎゅっと唇を結んでいたのに、晃が脇をつつくのでぷはっと笑ってしまう。その隙に、舌が捩じ込まれた。
「んうぁっ」
ゾク。背筋が粟立つ。
ヤバい。こんなキス、されるはずじゃ。
舌を掬われ、吸われる。上唇を噛まれ、上口蓋を舐められた。
ちゅ、くちゅと音を立てるキスは、酷く卑猥で、ゾクゾクと鼓膜が震える。このままじゃまずいと解っているのに、キスのせいで力が抜けて、抵抗できなかった。
晃の髪が頬を擽る感触だとか、長い睫毛とか、熱い舌だとか、そんなことにばかり意識が向いてしまう。
(っ、晃のヤツっ……! こんなエロいキス、したこねえよ!!)
人並みに女性経験はあるが、こんなキスしたことない。オレがしてきたキスって、慎ましやかだったんだな。
と、関係ない話が浮かぶほど、オレは混乱していた。
どうにか意識を引き戻したのは、スマートフォンの通知音だった。
ピコン! と大きい音を立てるスマートフォンに、オレも晃もビクンと肩を跳ねらせた。
同時に唇が離れ、自然とスマートフォンに視線が向く。
オレはその瞬間、勢い良く立ち上がってスマートフォンを拾い、壁の方へと逃げ出した。
「あ」
晃が名残惜しそうな声を出す。
知らん。知らんぞ。オレは知らん。
スマートフォンを開き、通知を確認する。
「お」
オレの声に、晃が顔を上げる。
「晃、雲龍軒ギョーザ半額だって!」
キャンペーンの通知を見てはしゃぐオレに、晃はどこかホッとした顔で「じゃ、昼はラーメン食いに行くか」と笑った。