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四話 今さら嘘とは言いにくい



(んー……暑い……)


 異常に暑い。肌が汗ばむ不快感に身を捩ったオレは、人肌の感触にビクッとして跳ね起きた。


「うおっ!」


 オレの声にビビったのか。それとも身体が触れあったことに驚いたのか。ほとんど同時に、晃も跳ね起きる。


(あ、そうだった。昨晩イタズラして――)


 悪趣味なイタズラをしたことをすっかり忘れ、爆睡してしまった。異様に暑いのは、人肌のせいだろう。なるべく触らないように離れて眠ったのに、気づけばいつも通り、晃を抱き枕にしていたようだ。


「っ……!?」


 晃の表情が、驚愕に染まる。オレは欠伸を噛み殺し、その様子を見ながら内心笑っていた。お陰でふるふると小刻みに震え、瞳が潤んでいたのだが、多分動揺しているからバレないだろう。


「は――? え、俺……?」


 混乱する晃の様子を、じぃっと見つめる。いつネタばらししようか。


(うひひ。驚いてる、驚いてる)


「洋介――俺……」


 晃は真っ赤になって、それから真っ青になり、勢い良くその場で頭を布団に擦り付けた。


 見事なジャンピング土下座である。


「ゴメンっ……!」


「うおっ」


 謝罪する晃に対し、オレは土下座に驚いてビクッと肩を揺らした。


「ゴメン、身体、大丈夫かっ!?」


 ガシッと腕を掴まれ、晃の心配そうな顔が覗き込んでくる。反射的に「おう」と返事してしまった。


 いつになく真剣な顔に、笑うどころかドキリと心臓が跳ねる。イケメンの本気顔ヤバい。


 ついボンヤリ見つめてしまって、ネタばらしのタイミングを見誤ったことに、オレはまだ気づいていなかった。


「責任、取るから」


「は?」という声は、晃に抱きすくめられて、呑み込んでしまった。裸で抱きつかれ、肌の感触にざわりと皮膚が粟立つ。


「っ、ちょっ」


 驚いてもがくが、晃の腕は引き剥がせない。ぎゅうっと抱き締められ、素肌の感触にぞくぞくする。


「大切にする」


「ん、ちょ、離してっ……!」


 肌の感触が生々しい。変な気分になりそうだ。それに、何か変なことを言ってる気がする。


 混乱して胸を叩いても、押し返しても、びくともしない。


 そもそも、責任取るってなんだ?


(多分、マジで勘違いしてんだよな……?)


 イタズラは成功したのだろう。晃はオレと一線を越えたと思っている。


 だが、それで責任取るとか。昭和の男か?(偏見)


「あのな、晃。これは――」


「本気だから。俺、真剣に洋介のこと大切にするから」


「あ、うん。その、もにょもにょ」


 真顔で真剣にそう言われれば、返す言葉もなく。まして、『大切にする』なんて言ってくれる相手に、否定的な言葉など言えるはずもない。


(いや、スゲー言いづらいっ……!)


 今さら、どの口で『実はドッキリでしたー!』などと言えるだろうか?


「俺は普段は悪ふざけしてるけど、こんなことでふざけたりしないからな。マジだぞ」


「アッ、ハイ」


 こんなことで悪ふざけしたヤツが目の前にいますけどねー?


 これ、イタズラなんて言ったら、友情崩壊待ったなしなのでは?


 さすがに悪ふざけが過ぎると、縁を切られるヤツなのでは?


 ゴクリ、喉を鳴らす。


「そ、その……晃」


「ん。なに、洋介」


 そう言って微笑む晃の表情は、蕩けるように甘くて。


「――オ、オレも幸せにしますかね?」


 つい、言おうとしていたことと全く違う言葉が、疑問系で飛び出してくる。


 晃は目を丸くして、プッと吹き出すと、オレの髪をそっと撫でた。


「こんな始まりで悪い。けど、ちゃんと幸せにするからな。お前も、そうしてくれるなら、スゲー嬉しい」


「あ、うん。ソーダネ」


 神様仏様。


 日頃の行いが悪かったんでしょうか。


 思いの外、晃が善人で、心が痛いです。


 人を騙すもんじゃない。


 イタズラなんかするもんじゃない。


 友情崩壊待ったなし。


 あるいはこのまま貞操の危機?


 本当にどうしてこうなった。


(まあ、オレが悪いんだけどさっ!)


 晃の腕に抱かれたまま、オレはどうして良いか解らず、指先ひとつ動かせなかった。


 ――今さら、嘘とは言いにくいんですがっ。




 どうしたら良い?


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