雨が降っている中、リミェラは、軒下で、ノーズを待っていた。
「お待たせ。待たせてごめんって、なんで濡れてないの? 傘持ってないのに」
「雨に濡れるなんて、気を引きたい時にしかしないよ」
「……じゃあ、あれも気を引くため? 」
リミェラがノーズと話している側で、エンジェリアとゼーシェリオンが、フォルと話している。
「傘入るの」
「風邪引くだろ」
「うん」
フォルは、雨の中ずっとリミェラと一緒に待っていた。雨に濡れている。
「子供だから、まだ使えないんじゃないかな。雨を防ぐ魔法とか」
この頃から、フォルはエンジェリアに好き放題やっている事が多かったが、リミェラは、子供だからと見ないようにしていたのだろう。
可愛い義弟が、純粋な女の子に好き放題しているなど信じたくなく。
「エレ、寒いからぎゅぅして。ゼロは反対からぎゅぅして」
「ぎゅぅ」
「ぎゅぅ」
「ねえ、あれわざとだよね? 遊び来るたびに思ってたけど、何も知らないエレを良いように使ってるよね? 」
「子供だからだよ。わたし達だって、ああやってぎゅぅしあう子供時代あったでしょ? ノーズとかヴィジェと良くやってたんじゃない? 」
疑うノーズに、リミェラは、笑って返した。
「じゃあ、本人に聞いてみようよ」
「ノーズがそこまで言うなら。フォル、エレの事どう思ってる? 」
「エレは、僕の大事な人。いつも、一緒に遊んでくれて。あそこだと、同年代でこんなに一緒にいてくれて優しい人いないから、エレだいすき」
瞳に涙を溜めてそう言うフォルを、リミェラは、疑う気にはなれない。
「ほら。フォルは甘えたがりなんだよ。わたしにも良く甘えてくるから」
「……そうかな? なんだか、信じられないけど」
「それより、最近はどう? エレとゼロが外に出てている以外にも、キミ達の事とか話を聞かせて? 」
リミェラは、いつもノーズとヴィジェと一緒にいられるわけではない。中々長く時間が取れない時は、こうして待ち合わせをして、近況報告をしてもらっている。
ついでに、フォルが暇そうにしていると、フォルを連れてくる。
「最近は、ヴィジェが変な事にばかりハマって、困ってるよ。この前なんか、魔物料理にハマって、毎食のように出されて。エレなんて嫌がっていたから、他のも作ってってお願いしたんだけど、エレ用にだけ作られていたんだ」
「俺は自分で作ってるけど。ノーズねぇって普段料理しねぇから」
「できるよ? 他の事で忙しくてやらないだけで」
ノーズが食い込みでそう言ったからか、ゼーシェリオンが、疑いの眼差しをむけている。
「ノーズは本当に料理できるんだよ。わたしは前に何度か、お弁当を作ってもらったけど、絶品だった」
「……ゼロとフォルは、お料理できない子をどう思う? 」
「好き」
「僕が養う。だから、気にしなくて良いよ」
「……ぷみゅ。養われるの」
仲良しなエンジェリア達は、嬉しそうにしている。
「ノーズは最近どう? 」
「わたしは……前に貰った本が面白くて、全巻買ったくらいかな。あの恋愛小説、とても良かった」
「やっぱりノーズもそういうのに興味あったんだ。良かった。つまらないって言われたらどうしようかと思っていたから」
「……フォル、エレも恋愛小説読んでいるの。羊さんと犬さんと猫さんが出てきて、羊さんを取り合うの。良く分からないけど、可愛いの」
エンジェリアがフォルの事を好きだと言うのは、リミェラでも気づいている。だから、これが、微笑ましいアピールなのだと思って見ていた。
「それとね、魔法書を読んだの。とっても面白かった。エレは魔法書がすきなの」
「僕も好きだよ。今度一緒に見ようよ。いっぱい魔法書用意しておくから」
「みゅ。見るの」
恋愛小説の話だったが、恋愛小説は消えている。本の話となっている。
「まあ、子供だからこういうのはまだ早いかな」
「……ウン、ソウダネ」
「とりあえず、話が聞けて良かった。そろそろ行かないとだから。また今度」
そう言って、いつも通り、帰った。これが、最後になるなど知らずに。
**********
ノーズとヴィジェと会う日。二人の家を訪れたが、誰もいない。
机に手紙が置いてある。
【リミェラ、少しだけ、調べたい事があるから、家を空けるね。それと、エレとゼロがどこにいるか探して欲しい。見つけたら、代わりに謝ってくれる? わたし達はもう、二人とは会えないから】
事情が詳しく書いてあるわけではない。だが、調べたい事については心当たりがあった。
最近、この世界の魔力が異常な増え方をしている。それに伴い、他の世界の魔力が減っていっている。
その原因を調べているのだろう。
リミェラは、本家の血筋だ。この異常現象に神獣が関わっているという情報は手に入れていた。
ノーズとヴィジェを神獣に会わせないよう、急いで二人を探した。
**********
心当たりのある場所は全て回ったが、ノーズとヴィジェはどこにもいない。魔力の異常上昇の原因も見つからない。
見つからないのは、ノーズとヴィジェだけではない。エンジェリアとゼーシェリオンも、探してはいるが見つからない。
「初めまして、罪深き黄金蝶」
「誰? 姿を見せないなら敵とみなすよ」
女の声が聞こえた。姿は見えない。
「事情があって姿は見せられないんだ。まぁ、そうでなくても、たった一人の女の子を放って、自分の御巫の事ばかりで、その女の子がどんな扱いを受けていたのかも本家の神獣であるというのに知らない。君に見せる姿なんてないけどね」
「……それは」
「でも、そうしてしまった分、今大事にしている。失敗は誰にでもある。だから、その失敗を取り戻そうとしているのは浄化している。だから、姿を見せたいとは思っていた。でも、それができないのは謝るよ」
神獣でなければ知らないような話を知っている。声の主は、神獣で間違いないだろう。
「君は、魔力が増えすぎるとどうなると思う? 」
「そのまま世界に留まるって聞いたけど」
「そうだね。でも、この魔力は汚染されている。憎悪に塗れてしまった魔力は、宿主を探す。宿主を探し、その身体を使い、世界を呪う。その宿主に君が選ばれた」
「どうしてそんな事が分かる? キミが、この異常現象に関係しているから? 」
「違う。僕はこれとは関係ない。君を助けようとしているんだ。でも、今の僕はそれはできない。だから、せめて、この先に可能性を残そうと思ってね。あの子に許されたいなら、あの子を信じて、こんなものに負けるな」
そう言ったのを最後に、女の声は聞こえなくなった。
女の目的はリミェラには理解できない。だが、それは本当に親切心で言っていたのだという事だけは理解できた。
汚された魔力だろう。真っ黒い靄のようなものが大量に出てきている。場所は、神獣が儀式に用いている建物からだ。
その魔力は、リミェラを見つけると、一斉にリミェラの方へ向かってきた。
魔力が全てリミェラの中に入る。ありもしない記憶が本来の記憶を覆い隠す。
真っ黒い靄が、全てを呪うように囁き続ける。
ほとんどが偽物と分かる記憶。だが、一つだけ、分からない記憶があった。
それは、ノーズとヴィジェがいる記憶。ノーズとヴィジェは、エンジェリアとゼーシェリオンが、何かの魔法を使い隠した。そして、エンジェリアとゼーシェリオンは、姿を消した。
リミェラが持つ、ノーズとヴィジェがその世界にいれば反応する魔法具が反応していない。
その記憶と、その魔法具が、エンジェリアとゼーシェリオンへの疑いを持たせ、呪いの聖女となるきっかけとなった。