扉の先は、かつて神獣が使っていたのだろう。儀式のような部屋となっている。
床には巨大な魔法陣が描かれている。魔法陣の中には、ノーズとヴィジェの姿が見える。
エンジェリアは、急いで魔法陣の解析をする。魔法陣は、空間隔離だ。まだ発動はしていない。助けるなら今しかないだろう。
いくら、もう会わないと言った相手とはいえ、放っておく事などできない。
エンジェリアは、急いで魔法陣の中へ行こうとしたが、ゼーシェリオンに腕を掴まれた。
「なんで止めるの! いくらもう会わないって言っても、こんなところで見て見ぬ振りなんてできるわけないでしょ! 」
「だからって、助けに行ってお前まで巻き込まれるだけだ! 少しは考えろ! 」
まだ発動していないが、いつ発動するかなど分からない。エンジェリアが中に入った時に発動する可能性もある。
だが、それでも、エンジェリアは、助けに行くのを諦めたくはない。
「でも、間に合うかもしれないじゃん! みんな無事かもしれないじゃん! それに、エレなら、二人だけは助ける事だってできるんだから」
「それでお前が巻き込まれた後の事を考えろ! お前が巻き込まれて、この世界はどうなる? 今ある世界はどうなる? あの二人じゃ、魔力の流れを元に戻す事なんてできねぇだろ! 」
「そんなのゼロとフォルだってできるよ! オルにぃ達だって情報を知ってるの! でも、ここで二人を助けられるのは、エレかゼロだけなの! エレはゼロが巻き込まれるのはやなの! 」
「そんなの俺だって同じだ。エレがいないなんて考えたくない。それにお前は、絶対にこんなものに巻き込まれたらだめなんだ。愛姫の役割。お前が一番理解してんだろ」
世界の事を、二人の事を考えるなら、何もしない。それが一番なのだろう。
エンジェリアが、ノーズとヴィジェを助けるために、魔法に巻き込まれたとなれば、ジェルドの王達が黙っていないだろう。だから、エンジェリアは、何もしないという選択を取るのが一番良い。
エンジェリアも、そんな事は理解している。理解してはいるが、それで諦めるという事はできない。
「……でも、そうしたら、二人は……リミェラねぇは、どうするの。ずっと会えないなんて、そんなのさせたくないよ。リミェラねぇに、会わせてあげたいよ。エレ達は、もう関わらなくなるとしても、それだけは、それだけはやってあげないとなの」
エンジェリアの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
会わないから。関わらないから。そんな理由で、誰かの幸せを奪う事などしたくない。
「……俺だって、そんな事したくない。けど、俺は、エレを第一に考えねぇとなんだ。お前の事を守らねぇといけない」
「ふみゅ。分かってるの。分かってはいるの。ごめんなさい。ゼロだって、すきで言ってるわけじゃないのに、あんな事言っちゃって。ゼロだって、できるならしているのに」
エンジェリアは、ゼーシェリオンと言い合う中でも、解析を続けていた。
この魔法陣は、三人以上入れば強制発動する。外から魔法の反応があれば強制発動する。しかも、音が遮断され、二人に声が届かない。
どう足掻こうと、助ける事など出来はしない。
エンジェリアとゼーシェリオンには。
「せめて、何かできる事ないのかな? このまま放っておくのはやだから。声を聞いてあげるとか。そんな事だけでも……エレの偽善だけど、してあげたいの。それをリミェラねぇに届けてあげたいの」
「そうだな。できなくはないだろう。魔法に反応するようだが、やり方によっては、反応させずにできるかもしれない。それと、エレ、そんなもう二度と会わせてやれないみたいな顔すんな」
「ふぇ? だって、この魔法が発動したら、エレ達にどうする事もできないんだよ? だから、会わせてあげる事なんて」
「時間がどれだけかかってでも、いつかは助けられる。俺らができない事でも、できるやつをここへ連れてくれば良い。場所が分からなくても、俺らなら、知る事はできるだろ。だから、そうやって泣いてんな」
ゼーシェリオンがそう言って、エンジェリアの涙を拭った。
「一度だけ。時間も限られる。だが、声を聞くぞ」
「どうやって? エレ達にできるの? この魔法に気づかれないように声を聞くなんて」
「ああ。しかも聞くだけじゃねぇよ。ここからでも、視えるんだ。俺らに罪悪感でもあんのか、ずっと後悔してる。だから、ちゃんと伝えてやろう。この伝言をリミェラねぇに伝える事。必ず会わせる事」
「良いの? だって、あんな事言って。それに、エレ達は、世界の声を信じるのは仕方ないって思って、でも信じて欲しかったって。でも、でも、二人がそれを後悔してるなら、少しくらいお話し聞いて良いって思うけど」
ノーズとヴィジェは、そう思っていないのではないか。
エンジェリアは、そう言おうとして、言えなかった。
「思ってねぇなら後悔しねぇだろ。また一緒にいるかどうかは、俺もまだ考えたくない。また同じ事が起きないとも限らねぇからな。けど、こんな状況だ。最後に話をするくらい良いだろ。少しでも安心させてやるくらい良いだろ」
「……みゅ。分かったの。方法、エレにも教えて。それはきっと、エレがお手伝いしないといけないと思うから」
「ああ。頼む。俺一人じゃできねぇからな。エレの力が必要だ」
ゼーシェリオンが、そう言って、その方法を説明してくれた。
**********
エンジェリアは、ゼーシェリオンの説明を理解し、それを実行した。
二人で手を繋ぎ、共有をする。
時魔法と隠蔽魔法、破壊魔法を使い、魔法陣が魔法を認知できなくさせる。
「ふみゅ、ゼロの考えた通りなの。これは、魔法陣に触れない限りはセーフなの」
「だろ。俺の方が解析が上手だったな」
「次は負けないの」
いくつもの魔法を使い、魔法陣に認知をさせないようにする。それともう一つ、これがゼーシェリオンにはできないものだ。
「ぷみゅ。見つけた。穴なの」
魔法が侵入できる穴を見つける事。二人を助けるような魔法ではできないが、この魔法なら、穴を通過できる。
「さすがエレ」
「みゅ。当然なの」
穴に魔法を入れると、ノーズとヴィジェが、エンジェリアとゼーシェリオンの方を見た。
「エレ、ゼロ」
「……あのね、ずっと、謝らないとって思ってて。あの後、調べていたら、エレとゼロが何もしれないって分かったんだ。話を聞いてあげられなくてごめんなさい。あの時はどうかしていたんだと思う。そんなの、言い訳だけど」
「オレも、あの時は、なぜか、世界様の言葉だけを信じろ。それ以外は真実なって、そんなふうにしか考えられなくなっていて。後で、全部終わって、それで、エレとゼロを傷つける事を言っていたって気づいた。ごめん」
言い訳にしか聞こえないような内容だが、エンジェリアとゼーシェリオンは、その話を信じた。
「……みゅ。なんだかむずかしいお話が出てくる気がするの」
「ああ。もしかしたら、御巫候補である事と関係がある話が出てきそうだな」
「エレ達もごめんね。あんな事言っちゃって。今すぐに助けられなくて。この魔法、隔離系の魔法なの。あのね、エレもゼロも、ノーズとヴィジェを、おねぇちゃんとおにぃちゃんのように思ってたの。だから、余計に悲しかったの。でも、ありがと。教えてくれて」
「ああ。おかげで、御巫候補に関する謎がいくつか解けるかもしれねぇ。こんな事になって、それに喜べはしねぇが。けど、俺らも、ノーズねぇとヴィジェにぃも、そんな罠に嵌っただけで終わらせねぇだろ? 」
エンジェリアとゼーシェリオンは、そう言って笑顔を見せた。
「当然だよ。悲しんでる顔が望みなら、笑ってやるよ」
「オレも、望み通りになんてさせない。どれだけ時間がかかっても、絶対諦めずに待ってる。それと、ごめんより、ありがとうの方が良いよな。ありがとう。話をさせてくれて」
ノーズとヴィジェは、罠に嵌められただけだ。そうでなければ、エンジェリアにあんな事言わなかった。
エンジェリアは、また一緒にいるのも良いと、ゼーシェリオンに、共有で伝えた。
「それと、リミェラに、オレ達の事で苦しまないでほしい。絶対にまた会えるって伝えて」
「ああ。伝える。それで、一緒に助けに来る。そうしたら、また、一緒にエレのためのケーキ作ろう。それで、隠れて食べて、みんなでフォルとリミェラねぇに怒られよう」
「みゅ。エレも一緒に怒られるの。それで、怒られちゃったねって笑うの。エレ、信じてるから。また、そうなれるって。だから、ノーズねぇとヴィジェにぃも、エレ達を信じて」
この先、数えられない年月をここで過ごさなければならないだろう。いつ助けが来るかも分からずに。
だからこそ、最後まで笑顔を見せていたかった。
ゼーシェリオンが、そのために、エンジェリアの涙を拭ってくれた。
だが、笑顔を維持できなかった。エンジェリアとゼーシェリオンの瞳から、涙が流れて止まらない。
「だめだよ。こんなところで泣いちゃ。わたし達、おねぇちゃんとおにぃちゃんだから、泣けないのに」
「そうだよ。少しは、おねぇちゃんとおにぃちゃんを考えてほしいよ。弟と妹には、涙なんて見せらんないんだから」
魔法が発動する。エンジェリアとゼーシェリオンが魔法が発動する直前に見たのは、そう言いながら泣いているノーズとヴィジェの姿だった。
「……帰ろ。それで、伝えるの」
「ああ」
エンジェリアとゼーシェリオンが、その後、この世界へ来たのは、ずっと先。
この世界へは来たが、まだ、ノーズとヴィジェには会っていない。