自然豊かな景色。エンジェリアは、洞窟を目の前にして立ち止まっていた。
「入りたくない。じめじめやだ」
「俺もやだけど、入らねぇとだろ」
「エレ、後でご褒美あげるよ。なでとかぎゅぅとか」
「ちゅぅとすりとくんくんも? 」
「……うん。あげるよ」
フォルにご褒美を貰うため、エンジェリアは、喜んで洞窟へ入った。
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魔物化したゼーシェリオン達が、この洞窟から出てきたらしい。そのため、エンジェリア達は、ここが呪いの聖女の拠点だと考えている。
「くらぁ、じめぇ……や! 」
「はいはい。怖いんだね。こっちおいで」
「エレ甘やかしすぎ。俺も甘やかすんだ」
エンジェリアは、フォルの腕に抱きつく。
「早く帰りたい」
「大丈夫だよ。何も怖くないから。大丈夫」
フォルが、エンジェリアを安心させるようにそう言うが、エンジェリアは、安心できない。
「……ふぇ……みゃぁ」
「エレ、怖いものなんてないよ」
「……オルにぃ、フォルがエレばっか構ってる。俺の事ほっとかれてる」
「何をして欲しい? 」
「フォルに俺も構うように言って欲しい」
「エレが怖がってんだから我慢しなよ」
暗いところが嫌いなエンジェリアは、薄暗い洞窟の中に入ってからずっと怖がっている。だが、ゼーシェリオンが、そんな事お構いなしで構ってアピールをしている。
エンジェリアは、ゼーシェリオンを見て「べー」と言って舌を出した。
「それにしても、ここって昔使われていたのかな。洞窟にしては綺麗だけど」
「昔、この洞窟は住宅として使われていたらしい。実際に行った事がないが」
「ふぇ。なら、もっと明るいはずなの。明るくないのはおかしいの。人が住んでいたなら、明かりは必要だと思うの」
「エレ、普通に魔法具が壊れてるだけだと思う。どれだけ昔だと思ってるの? 」
エンジェリアとフィルが作る魔法具であれば、この世界に人が暮らしていた頃から今まで、ずっと機能し続けられる。この程度の年月で、明かりのための魔法具であれば、整備する必要すらない。
エンジェリアの普通はこれだ。他の魔法具技師の普通など知らない。
エンジェリアは、壊れているというのが理解できず、きょとんと首を傾げた。
「エレが作ればこのくらいの年月普通だよ? 」
「君ならね。君のその普通が普通なわけないから。普通は、持って二十年くらいだよ。そうじゃなかったら、魔法具が売れてないでしょ」
「……それって、売れるために、壊れる魔法具を作ってるの? ……みゅぅ。売れるの大事は分かるの。でも、なんだかもやもやする」
「その技術がないのはほんとだと思うよ。でも、それでも、市場で出回るのは、数年しか持たないものばかりなのは、利益とか考えての事だろうね。そんな長い期間持つような魔法具であれば、設計師と技師の技術。それに、素材の値段とかも考えれば、市場に出せる値段じゃない」
エンジェリアとフィルが自分達用に作った魔法具を売れば、一個数百万はくだらないだろう。素材に時間に技術。どれも惜しみなく使い、他では真似する事のできない。当然、数などない。
もし、当時もそうだが、今の技術で、数十年壊れない魔法具を作れらとしても、エンジェリアとフィルの魔法具と同じ理由で値段が釣り上がるだろう。
そうなれば、高位貴族のような金持ち以外は手を出せなくなる。
「今は、少しずつだけど、安価で長持ちする魔法具が開発されてる。生活に欠かせないような魔法具が長く持って、安くで買う事ができれば、別のとこに金を回せる。本来使うはずだった金で、身を守る魔法具を買う事とかね」
「そうすれば、必然的に労働力確保にも繋がる。身を守る魔法具は、数度使えば壊れるものだ。魔法具を売る店も、そういった魔法具で利益を補う」
「ふみゅぅ。むずかしいの。でも、みんなが安全に暮らせる政策だって事は分かったの。でも、それって、一部の国だけなんでしょ? そういう国に移民とか集まっちゃうんじゃ」
移民者が増えるという事は、どこかの国では人が減っていっている。そうなれば、その減っていった国の方が苦労するのではないかと、疑問を持った。
「うん。そうだね。だから、普通に国の政策ではできない。これは、魔法具協会で決定したものだ。魔法具技師はもちろん、魔法具を売る店もその決定に逆らう事なんてできない。だから、そんな心配は必要ないんじゃないかな? 」
「ぷみゅ。最近何も出てないから知らなかったの。今度時間が合う時にでも、魔法具の祭典とかに出てみれば色んな情報を手に入れられそうなの」
転生後にエンジェリアは、魔法具協会に一度も顔を出していない。記憶が戻ったのが最近だという事もあるが、最近は、魔法具協会がイベントを行っていないのもある。
この時期は、多くの魔法具技師達が、魔法具制作に力を入れている。魔法具協会が行う発表会が開催されるからだ。だが、その発表会前は、ぴたりとイベントが止まってしまう。
魔法具制作に集中させたいのだろう。
エンジェリアも、魔法具協会が認める魔法具設計師であり、魔法具技師だ。当然、発表会の参加資格を有している。
「フォル、ドレス選びのお手伝いして。今度行ってみる。イベントが止まったなら、発表会があるから」
エンジェリアを含む、魔法具技師達は、魔法具の発表会の時期を、自分達が知っているわけではない。イベントがぴたりと止まった時期が魔法具の発表会の時期だと覚えている。
「うん! 良いよ。君の発表する魔法具、楽しみにしてる」
「みゅ。楽しみにしてるの……むにゅ。なんだか、お部屋みたいになってるの。本当に人が住んでいても大丈夫な感じがする」
「うん。そうだね。彼女はまだ奥にいるみたいだけど、入ってみる? 」
「入らないの。目的第一なんだから」
エンジェリアは、見つけた扉を無視して、呪いの聖女を探す。
「ぴみゅ。魔法具の発表会って今回は何なんだろう。上手くいけば、その場で契約結んで、みんなが便利になるの」
「ほんとに欲がないよね。契約が上手くいけば、かなりの値段になるだろうに」
「みゅ? ふみゅ。エレは必要ないの。エレにあげるなら、孤児院にいる子とかにあげて欲しいの。エレは、魔法具を作れれば良いから。みんなが便利になってくれれば良いから」
魔法具の発表会では、魔法具の販売契約を取る場合でもある。そこで、好条件で契約できれば、かなり儲けられると喜ぶ魔法具技師達がほとんどだろう。
エンジェリアは普段から。それには興味はなく、ただ、発表するために参加しているが、エンジェリア的に好条件であれば、その場で契約する事が多い。その場合は、必ずエンジェリア一人で行わないため、エンジェリアが騙される心配がなく、安心して契約を結べる。
「ふみゅ。エレは色々と考えていたら、いつのまにか近づいてる気がするの。もう少しでってなったら、急に不安になってきたの。エレ、できるのかな。失敗しないかな」
「失敗しても、僕らがサポートする。まぁ、君が失敗するなんて思ってはいないけど。僕らの愛姫は、いつのこういう時頼りになったから。だから、今回も大丈夫だよ。必ず上手くいく。それで、帰ったら、魔法具の発表会に備えて魔法具を作るさ」
「みゅ。フォルがそう言ってくれると安心なの。魔法具は、何を作れば良いか分からないから、調べた後だけど」
魔法具の発表会は、毎回テーマが存在する。そのテーマの魔法具を作る事が求められる。もう、発表されているだろう。
「今回は、音魔法系らしいよ。最近、音に敏感な人が来て、しれえ解決してあげたいからだそうだ」
「みゅ。なら良いのがあるの。今思いついたの。ふにゅ。そして、着いたの」
呪いの聖女がいるだろう部屋の扉の前。エンジェリア達は、話しているうちに着いた。
「開けるの」
エンジェリアとゼーシェリオンは、一緒に扉を開けた。扉の先には、赤髪の女性。
「やっと見つけた」