エクリシェに戻ったエンジェリア達は、呪いの聖女の件で話し合っていた。
「ぷみゅ。エレとフォルとゼロで行くの。でも、ちょっぴり不安なの」
「俺達も花で解放していかないとだからな。他に誰か」
「なら、俺が同行しよう」
本家の長男オルベア。普段は表立って行動する事がなく、こうしてエンジェリア達の前に姿を見せるのも貴重だ。
「ふぇぇぇ! 生オルにぃなの! 普段は、魔法で人形創って、その人形を介してお話とか連絡魔法具とかなのに。生オルにぃなの」
エンジェリアは、久々に見たオルベアに、驚きの声をあげる。
「オル兄様」
「……あ、あのさ、まだ……また」
「たとえ血の繋がりがなくとも、兄弟だ。だから、お前もそう接しろ。それを言ったのは俺だ。その俺が、今更その言葉を覆すと思っているなら、特別訓練でも受けさせよう」
「思ってない。思うわけないよ。僕は、フィルの弟。でも、ほんとの兄弟じゃなくても、今は、君らの弟なんだ」
フォルが、瞳に涙を溜めて、笑顔を見せた。
「そうだ。フィル、頼んだものは? 」
「もうできてる」
「感謝する。にしても、いつも仕事が早い。今回も、早い分、上乗せしよう」
「なら、そっちで取れている魔法石を回して欲しい。エクシェフィーの御巫夫婦支持側の神獣達とやり合う事になれば、質も良い魔法石が欲しい。おれ達だけなら必要ないけど、周りは違う」
フィルは、この先、高確率で起こるであろう事まで見越している。オルベアもそうなのだろう。だから、フィルに、結界魔法具を頼んでいたのだろう。
「それと、素材もできれば欲しい。通信用の魔法具を小型化して使っているけど、今のままだと使い勝手が悪い。それに、この魔法具だと、通信が安定しない」
「その魔法具、できたら、三つほど欲しい。いつも通り報酬は渡す」
「いつも言ってるけど、弟を本当の家族のように想ってる相手なんだから、いくらでも渡す。それに、同じ神獣として、多くの
同族。その中には、神獣だけでなく、ジェルドも入っているのだろう。
今のままでは、本家側の神獣どころか、アディ達のような、神獣と接点などなさそうなジェルドの王達まで巻き込まれる。
「俺の力だけで守れるものなど限られているが。そちらの方も、情報を丁重に保管するなどしている」
「ちなみになんだけど、オルにぃ様って、どこまで知ってるの? 」
「ジェルドという種がいるという事と、ジェルドの怒りの伝承程度だ」
エンジェリアは、ジェルドの怒りの伝承があるという事は知っているが、内容は知らない。オルベアに教えてほしいという目を向ける。
「ジェルドの怒りに触れると、世界が滅びるという伝承だ」
「みゅぅ。詳しく知りたかったのに」
「エレ、伝承の話よりも呪いの聖女」
「それについてだが、呪いの聖女に対しては、手を出せない。エレとゼロでどうにかするしかない。直接手を出さなければ、支援くらいであれば、言い訳はできる」
それが、命令に反さないぎりぎりのラインなのだろう。今、命令違反をし、立場が危うくなるのは避けたい。それに、元々エンジェリアとゼーシェリオンでどうにかする予定だったのだ。フォルが直接手を出せずとも問題ない。
「良い機会だ。二人だけで、どこまでできるか試すのも良いかもしれない」
「ぷみゅ。いざとなれば、フォルとオルにぃが助けてくれるの。なら、大丈夫なの」
「ああ。それに頼るわけじゃねぇが、安心はできるな」
「……エレ、こっち来て」
エンジェリアは、フォルの側へ来た。
フォルが、左手でエンジェリアの額に触れる。
「……このくらいなら、大丈夫だとは思うけど。あまりむりしないで。風邪引いたくらいじゃ、魔法で治さないから」
「ふぇ⁉︎ またにがにがさん……やなの! 」
「にがにがさんはないよ。それに、僕がつきっきりで看病してあげる。昨日、水に濡れたあとほっといたでしょ。今度から、動けなくても誰かに頼んで乾かしてもらうんだよ」
昨晩襲われた時の事だ。フォルの左手が、エンジェリアの頬に触れる。
「済まない。そこまで気が回らなかった」
「イールグは悪くねぇ。俺様が、そこを考えていれば」
「オレも、エレがびしょ濡れだったのに、拭かないとって気づかなかった」
「私が愛姫様の事をもっと見ていれば……申し訳ありません」
エンジェリアと一緒にいたイールグ達が、責任を感じているようだ。
エンジェリアは、気にしていないと言おうとしたが、フォルの左手が、エンジェリアの口を抑えた。
「そうだね。でも、タオルがなかったからって魔法で乾かさなかった。そこは良かったんじゃない? 風邪を引いたとしても、エレがこれ以上狙われるのを防ぐために、君らがとった行動は間違いではないと思う。タオル持ってきて拭いてあげるって誰か思いつけば、更に良かったけど」
フォルが、そう言って笑顔を見せた。
「失敗なんて良くある事なんだ。なら、次おんなじ目に遭わせないようにする事を考えないと。難しいけどさ、そうするのが、その失敗に巻き込んでしまった人への贖なんだと思う」
「……そうですね。これからは、収納袋にタオルを入れておきましょう」
「そうだなぁ。愛姫が好むタオルといえば……ふわふわか⁉︎ 」
「当然でしょう……フォル、貴方が何を後悔しているのか、我々は存じ上げません。想像はつきますが。我々も、それに付き合いますよ。貴方がそうしてくれたように」
アディとイヴィには、ギュリエンの話などしていない。二人とも、そんな情報など持っていないだろう。それでも、フォルの言動と行動で、何かあった事に気付いたのだろう。
「エレはふわふわふかふかタオルだよ? それ以外認めないよ? あと、良い匂いだと嬉しいの。フォルの匂いとかフォルの匂いとかフォルの匂いとか……ゼロもまぁ、みゅ」
「……フォル、なんの香水を使ってるか教えてください」
「フォル、俺様との仲だろ! 香水を教えてくれるよなぁ? 」
「僕、香水使ってない」
フォルに迫るアディとイヴィ。フォルが、困った表情で後退る。
「フォルは天然の匂いなの」
「エレ、変な事言わないで」
「みゅ? 変? フォルが天然の匂いが変なの? 事実なのに? 天然フォルの匂いがすきなの。香水とかじゃないの。みゅ? 」
エンジェリアは、変な事の意味が分からず、きょとんと首を傾げている。
「エレ、今から行く場所が安全とは限らないんだから、ちゃんと準備しておきなよ」
「ぷみゅ。お洋服も着替えるの。これだと、動きにくいの」
エンジェリアは、そう言って、この場で着替え始めた。
この部屋にいるのは、エンジェリアがこういう事を平気ですると知っている。もう慣れているのか、誰も何も言わない。
「魔法具とかもいくつかあった方が良いんじゃない? フィル、何か良い魔法具ある? 」
「防御魔法具と結界魔法具なら、いくつか持ってきてる。部屋に戻れば、他の魔法具も用意できる。何が欲しい? 」
「ぷみゅ。強化魔法具が欲しいの。身体能力が低いエレにはそれがないと大変なの。高い場所登るとかできないから」
「普通に強化魔法使えよ。そんなもんに頼らずに」
ゼーシェリオンにそう言われ、エンジェリアは、ぷぅっと頬を膨らませて猫パンチを繰り出した。
「エレは、こういうのを使わないと、強化魔法苦手なの。苦手なんだから、こういうのに頼るの。頼るしかないの。ゼロみたいに、強化魔法なんて簡単だとか言えないの。ゼロきらい」
「えっ⁉︎ え、エレ……エレー」
「エレはもう知らないの。エレはぷぃなの……しゃぁー! 」
「……きしゃぁー! 」
「こんな時に喧嘩しないでよ」
フォルが、エンジェリアとゼーシェリオンの喧嘩を止めようとしているが、無視している。
互いに威嚇しあっていると、悪寒がして止まった。
「……エレ、ゼロ。喧嘩、やめようって言ってんの聞こえない? 」
フォルが、にっこりと笑っている。
「ごめんなさいー」
「喧嘩してません」
エンジェリアとゼーシェリオンは、瞳に涙を溜めて、頭を下げた。
「次喧嘩したら、ふふ、楽しみにしててね」
フォルが、笑っているが、目が笑っていない。
エンジェリアとゼーシェリオンは、呪いの聖女の件が解決するまでの間は、喧嘩しないと決めた。
「ふみゅ。準備このくらいで、行くの」
「魔法具は? 」
「ゼロに任せるの」
「そうだな。俺に任せろ」
「それなら行こうか」
フォルが、転移魔法を使い、呪いの聖女のいる世界へ転移した。