イールグとアディと合流したエンジェリア達は、龍族の国リューヴロ王国を訪れた。
龍族は飛ぶ事ができ、飛ぶのを前提としている。急斜面で、歩くのに困難な道がずっと続いている。
「ふみゅぅ。もう疲れた。歩きたくない。休ませて」
「まだ十分しか歩いてないんだけど」
「それでも疲れたの。この急斜面は疲れるの。転びそうなの。転がりそうなの」
今にもバランスを崩して、ごろごろと転がりそうな中、エンジェリアは、イールグに支えられながら、一歩一歩慎重に歩いている。
「王宮までどれだけ歩かないとなんだろう。もうやなの。エレ待ってるから、みんなで行ってきてよ」
「あ……姫を一人になどできません。頑張って歩いてください」
ここへ来る前、別荘の中で、エンジェリアは、アディとイヴィに、人が多いところで愛姫と呼ばないように頼んでおいた。
エンジェリアの迷子癖については、アディとイヴィも良く知っている。目を離したくないのだろう。
「じゃあ、おんぶして。抱っこでも良いの」
「そんな事すると婚約者に怒られるって」
「……むぅ。けちなの」
エンジェリアは、ぷぅっと頬を膨らませて不貞腐れる。
「……転移魔法で直接王宮へ行けなかったのは理解したが、飛べば良いだろう」
「ふみゅ⁉︎ エレ苦手なのー」
エンジェリアがそう言っていると、遠くから悲鳴が聞こえた。悲鳴は、下の方からだ。
「魔物が出たぞ! 」
「女子供はこっちに」
この国で魔物が突然出現するという事は珍しくない。魔物が人里に出現したとなれば、パニックになり、一斉に一目散に逃げる事の方が多いが、この国の住民は違う。
「魔物は危険種だ! 陛下に連絡だ! 」
指示を出す役が決まっており、他の龍族達はその指示者に従う。
「……これだと、間に合わないの。魔物も何箇所かからだから、避難場所も限られちゃう。ゼム、ルーにぃ、東側に行って。アディとイヴィは西。一人が避難を手伝って、一人が魔物を倒す。エレは真下の方をどうにかするの」
「大丈夫ですか? 」
「みゅ。あそこなら、人がいない場所までまっすぐ下れば良いだけだから」
エンジェリアは、そう言って、龍族の翼を出した。
――苦手で、ちょっとでも気を抜けば、消えちゃうけど、怖いけど……がんばるの!
エンジェリアは龍族の翼で、急いで真下の魔物の方へ向かった。
**********
避難は、順調のようだが、幼い子供は走るのも飛ぶのも、大人より遅い。どうしても遅れてしまう子供が出てくる。
魔物は、そこを狙おうとする。
「ら〜らら〜らら〜らら〜」
魔物の背後で、エンジェリアは、魔物に気づいてもらうよう、歌を歌った。
歌を歌いながら、短剣で指を少し斬る。
「らら〜ららら、らららら〜」
魔物がエンジェリアの方を向いた。
「ヴォォォォォ! 」
「ねぇ、そこの指示のおにぃさん! 下にもう誰もいないの! 」
エンジェリアは、魔物に狙われていた子供を避難させようとしている龍族の男に声をかける。
「いねぇぞぉ‼︎」
「ありがと! 」
エンジェリアは、防御魔法を自分にかけ、下へ走った。
魔物はエンジェリアを追いかける。目の前に、他と比べ物にならないご馳走があるのだ。エンジェリア以外は目に入らないだろう。
「こっちなの」
エンジェリアは、魔物に認識され続けるよう、ずっと魔力を放出し続ける。
「こっちなのー」
龍族の翼はしまい、走って逃げてるため、一度転んでしまえば、下までごろごろと転がる事になるだろう。
エンジェリアは、転びやすく、かなり気をつけて走っている。その上、魔物の攻撃にも警戒していなければならない。
「ぷみゅぅ。かなりむずかしいの」
魔物が、炎の弾を吐いた。
「ふぇ⁉︎ 」
エンジェリアは、避けようとして転んだ。
「ぷみゃぁぁ⁉︎ 」
ごろごろと急斜面を転がる。自分では止める事ができない。
「ふぇ? 」
なぜか突然、止まる事ができた。上を見てみると、魔物の胴体が見える。どうやら、魔物が足で止めたようだ。
「ふみゅ……ふにゃ……」
浄化魔法を使ってみるが、効果がない。そもそも、浄化魔法だけで解決できていたのであれば、龍族の誰かがやっていただろう。
魔物の足が上がる。エンジェリアの真上に来る。
エンジェリアは、急いで立ち上がり、魔物の足の陰から逃げた。
「りゅりゅ。宝剣と同化して」
「任せてくだしゃい」
エンジェリアは、収納魔法から宝剣を出し、りゅりゅに同化してもらった。
「きょう、むにゅ⁉︎ 」
突然、水が出てきた。水が、エンジェリアを覆う。
――これ、魔物さんじゃない。誰が……
「貴女に倒されては困る」
「きゃふっ⁉︎ 」
雷魔法だろう。防御魔法のおかげで、意識はなんとか保てているが、身体が痺れて動けない。
「リオ、エレを頼んだ」
「ええ」
水から解放された。銀髪の男が、エンジェリアを水色の髪の美しい女に預けた。
――リグにぃとリオねぇ……時間稼ぎくらいには、なれたの、かな。
魔物は、銀髪の男、この国の国王リグジェンヴェルアが、大剣を一振りしただけで倒した。
「……リグ、回復魔法だけじゃ」
「妨害されている。一体、誰が」
リグジェンヴェルアと、水色髪の美しい女、王妃シェヴェーリオが、エンジェリアに回復魔法をかける。だが、回復魔法は効いていない。
――遠くから聞こえた声。聞いた事ある気がする。神獣さんの、偉い人。フォル達とは違う。
「エレ! 」
「姫! 」
魔物を討伐し終えたのだろう。ゼムレーグ達が、走ってエンジェリアの元へ来る。
「姫様、申し訳ありません。私が、側にいれば」
「……これ、魔物じゃないよね? 誰? 」
「……」
声が出ない。これでは、話す事ができない。
――神獣さんの偉い人だと思うの。エレ、声、聞いたの。
「そう……リグ陛下、これだけ魔物が討伐されれば、宴を開きますよね? 今から開きましょう」
「……おぅ。そうだな」
――ゼム、ありがと。
「このくらいは分かるよ。宴が開かれれば、人が多く、遠くからエレを見つけるのは難しい。エレを監視しているとすれば、こうして、人に紛れさせるのが一番だよ」
――うん。
ゼムレーグが、エンジェリアの頭を撫でる。
「ごめん。治す事できなくて。フォルかフィルがいてくれれば、治せたのに」
――気にしないで。ゼム、エレ、ゼムの側いたい。魔力を食べてくれるゼムの側が良い。
ずっと魔力を放出し続けていたのだ。魔力を補うため、魔力吸収量が上がっているはずだ。
「うん。分かった。リオ王妃、エレを」
「ええ。エレちゃん、この状態でどれだけ楽しめるか分からないけど、せっかくの宴なんだから、少しでも楽しんで欲しい」
――うん。楽しむ……ゼム
エンジェリアの言いたい事は、リグジェンヴェルアとシェヴェーリオには伝わらない。
「楽しむって言ってます」
ゼムレーグが、代わりに言ってくれる。
「エレ、痛みはないか? 感覚を麻痺させるくらいだが、俺にもできる」
――……大丈夫だよ。心配しないで。
「嘘だな」
――みゅぅ。エレには魔法使わないで。相手が相手だから、魔法を使えないの。
エンジェリアの記憶している声であっているのであれば、相手は、魔法でエンジェリアの居場所を把握した可能性がある。
――神獣さんなら、偉い人なら、そのくらいできて不思議じゃないの。エレが、魔力を放出し続けていたからっていうのもあるかもだけど。
「用心するに越した事はないか。そうだな」
――ふみゅ。それより、宴なんだから、楽しむの。みんなががんばってくれたから、できるだから。楽しまないとなの。それに、宴って、いっぱい楽しい事して、ねむねむになったら、ふかぁのベッドでねむねむ。エレ楽しみ。
「……うん。楽しみだね」
「宴といえば、酒だな。エレは飲めないが」
「酒かぁ。昔かっら変わんねぇなぁ」
「そうですね。我々も、それで楽しんでいました。姫様には内緒でですが」
「そうだなぁ」
「うん。毎回、エレを寝かせてからこっそりね」
宴に夢を膨らませているエンジェリアの側で、ゼムレーグ達が、エンジェリアの知らない秘密を暴露している。
――ふぇ⁉︎ ずるいの! エレ知らないの! みんなで楽しむなんてずるいの!
「姫様が寝る時間でしたので」
「エレの寝る時間邪魔しちゃ悪いから」
「姫が寝る時間に寝かせねぇとだからなぁ」
――今日は遅くまで寝ないの! みんながエレが寝る時間に何してるかこの目で確かめるの!
エンジェリアは、一人だけ除け者にされていたと思い、寝ない宣言をした。
だが、魔力を使い、かなり走って疲れているエンジェリアに、寝ないという事はできなかった。