フォルとフィルが最初に向かったのは、エクランダ帝国。
フォルとフィルは、楽しく買い物をしていた。
「どれにする? 」
「これ。それと、ドクグリクッキーも」
「君に聞くと全部珍味になるね。別に良いけど」
フィルは、珍味好き。ここへ来てから買ったものは、ほとんど珍味関連のもの。
「あっ、これエレに似合いそう」
「そうだな」
フォルとフィルは、ただ楽しく買い物をしているわけではない。買い物をしながら、ある情報を集めている。
「ええ。大丈夫なのかしらねぇ。淵帝様の時は、こんな事なかったのに」
「淵帝様の後継と言われて期待してみれば」
「淵帝様に戻ってきて欲しいわ」
淵帝と呼ばれる先代皇帝エクルーカム。現在は、管理者として働いている。
エクルーカムは、管理者になる前に皇帝を退き、唯一の弟子に後を継がせた。その弟子の事が気になるようで、エクルーカムがその弟子を心配するような話をしているのを聞いている。
花を渡すついでに、優秀な部下のために何かできればと、噂を集めていたが、現皇帝はかなり評判が悪い。
「……フィル、これとか良くない? 木でできてるから安全だよ」
フォルは、木の剣を二つ購入した。
「これで何をする気だ? 」
「後のお楽しみ。欲しいものはある程度揃ったから、宮殿の方へ行こうよ。新皇帝に挨拶できてなかったから」
フォルは、そう言って、フィルと一緒に宮殿へ向かった。
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皇帝との謁見。皇帝は、玉座に座ってはいるが、威厳というものは存在しない。可愛い少年が、玉座に座って、小さくなっているとしか見えない。
「なんですか。帰ってください。ぼくには、こんなの向いてないんです。どうして師匠は、ぼくに継がせたんでしょう」
「噂通りの腑抜けっぷりだな。淵帝の唯一の弟子と聞いて期待したが、期待はずれだったな」
「期待はずれですみませんね。そもそも、貴方が師匠を推薦しなければ、師匠がここに座って、ぼくは、座らずにすんだんですよ。師匠を返してください」
「勘違いしてるようだけど、淵帝は、自分から管理者になると言ったんだ。僕はただ、それを叶えただけ」
フォルは、淡々と言う。
「貴方が師匠に期待したからでしょう。期待期待期待って、みんな期待ばかり言って。期待が外れれば、こんなものかと落胆されて。ぼくが何したって言うんですか。期待したのはそっちでしょう。良いですよね。貴方は、期待に応えられるだけのものを持っているんですから」
「期待に応えなければ? そんなの、どうだって良いだろう。君の言う通り、期待なんて相手が勝手にしてる事。そんなのに一々応える理由なんてない」
「分かったように言わないでください! 何も知らないでしょう! 期待に応えられない人の事なんて! 」
皇帝が、声を荒げる。
「フォル、ここは穏便に」
「必要ない。期待に応えられない人の事なんて分かるわけない。期待に応える暇があるなら、少しでも禁止魔法の使い手を探す。情報を集める。僕らはそうしてきたんだ。期待なんて気にしていられないほどの訓練を受けてきたんだ」
フォルとフィルも期待される側。だが、期待に応えられない事などいくらでもある。だが、それにばかり気を取られていればどうなるか。それを身をもって体験している。
「そんなの、貴方が特別だからでしょう! ぼくは、何も特別ではないんです! そんなのできるわけないでしょう! 」
「特別? 特別ってなに? 特別だからできるんじゃない。守りたいものがあるから。そうしないとと知っているだけだ」
――新皇帝クルカムは確か、神獣の卵だったか。なら、いずれは知る事になる。それが、卵の状態でも変わらない。
「大昔実際にあった出来事だ。ギュリエンという場所があった。そこで神獣同士の争いが起きた。一人の神獣は、多くの神獣を守る立場にあった。その神獣なら守ってくれると期待されていた。仲間からも。神獣は、仲間と別れ、多くの神獣を助けに行ったんだ。助けて、帰ってくると、仲間は動かなくなっていた」
「……」
「仲間に守られていた姫から話を聞いた。そうしたら、その神獣は、必ず助けてくれるからと言っていたらしい。その助ける相手が誰であったかなんて知らない。今もずっと、それを知らないまま生きている。神獣は、多くの期待のために、最も大事にしていた仲間の期待を裏切ったんだ」
フォルの過去。消えない罪の話。
両手をぎゅっと握っている。そこに。フィルの温もりを感じた。
「もう一度言うけど、僕らが期待を気にしないのは特別だからじゃない」
「……その少年は、なぜ、今こうして前を向けるんですか? 」
「仲間の期待を裏切った事を謝るため。どれだけ時間がかかっても、絶対に見つけるため。そのためにその少年は、今もずっと探し続けるんだ。前を見るんだ。諦めたくないものから、逃げないんだ」
それは、エンジェリアがいなければできなかっただろう。フォルの今は、エンジェリアがいてくれたからこそある。
「君は、ここが、エクランダが好き? 」
「そんなの当然じゃないですか! ぼくは、師匠とここが好き。ここの帝国民が好き。好きじゃなければやってませんよ。好きじゃなければ、こんなに悩みませんよ」
「そっか。その相談に乗る前に、その言葉を言ってくれて嬉しいよ。それに、さっきまでは違ったけど、今は、僕を見てくれている。君の言う特別じゃなく、僕を見てくれてありがと」
フォルが自らの過去を話す前、皇帝クルカムは、フォルではなく、なんでもできる特別な存在を見ているようだった。だが、今は、フォルの事を見ている。
「君は、自分に自信がなさすぎるんだ。自分になんて初めから難しいだろうから、自分に目をつけた師匠を信じてみるのはどう? 」
「師匠を? 」
「君の師匠は、君が自分を超えるものを持っているから弟子にしたと言っていた。まずはそれを信じてみない? 」
フォルが、管理者に推薦した時に聞いた話。フォルも、エクランダ帝国を心配して、本当に良いのか確認していた。
「……できる、でしょうか? 」
「さぁ? それは君次第だよ。しばらくここはエクー……君の師匠に任せる。その間に僕らが君を教育してあげる。僕らがやってきた事だから、危険な事は多い。それに、教育中に、管理者の仕事もやらせる。管理者の仕事という名目で、他の国を回って、色々と勉強できるだろ? 」
クルカムは、エクルーカムの話によると、この帝国から出た事がない。他の国など知らない。
エクルーカムからもらったクルカムの情報。フォルは、その情報を元に、クルカムが知らない事を中心に、自分ができる事を提示する。
「それだけで、変われるものですか? ……いえ、やらせてください。でも、その前に、何をするか教えてください」
「僕ら黄金蝶がやる訓練と帝王学とか諸々。皇帝に必要な事。管理者の仕事は、情報収集とか、危険魔法の取り締まりで、負傷を最小限にするように指示を出す。それと、管理者の勉強を教えるとか、訓練参加とか」
具体的には何も言わない。だが、これでクルカムの質問には答えているだろう。
「……分かりました。よろしくお願いします。えっと、師匠はあの淵帝だけが……管理者様? 」
「普通にフォルで良いよ。管理者のみんなもそう呼んでいるから」
「よろしくお願いします。フォル様」
前向きなクルカムの答えに、フォルはにっこりと微笑み
「じゃあ、早速魔の森に行こうか」
と、明るい声で言った。
「えっ⁉︎ 」
フォルは、問答無用で転移魔法を使った。
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魔の森ギチンブ。他の魔の森と比べても魔物が多いのが特徴だ。
「僕らはやる事があるんだ。大丈夫。大怪我しない程度に加護をつけておいてあげたから。僕らが戻ってくるまで、頑張ってここで生きてね? あっ、それと魔法禁止だから。これ付けといて。武器は、この木の剣を二本あげる。一本折れても、もう一本あるから安心でしょ? 」
フォルは、終始笑顔で説明した。説明を聞くクルカムは、青ざめている。
「あの、師匠からはもっと優しいと聞いていたのですが」
「フォルはこれでも優しくしている。おれ達の時はもっと酷かった。魔物が多い上に環境が酷い」
「そ、そんな場所で……そうですね。優しくしていただいているようです。それに、そんな事で弱音を吐いていては何もできません。分かりました。ここで生き抜いて見せます」
「そうか。加護が使われたのが十回未満なら、褒美をあげるよ。必ず、来るから。だから、それまでどうにかがんばって」
呪いの聖女の件が解決しなければ、ここへ戻ってくる事などできない。必ず戻るためにも、呪いの聖女件の解決はできないと言う事はできない。
「あの、フォル様、お気をつけて。ぼくは、ここで信じて待ってますから」
「ああ、ここでも噂は届いてたか。待ってて」
フォルは、そう言って、転移魔法を使った。