闇の霧は、精神に影響を及ぼす。この霧には、魔物さえも近づく事はできない。
そんな中を、ゼーシェリオン達は、原初の樹トヴレンゼオへ向かって歩み続けた。
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「やっとついた。方向感覚狂いまくりで時間かかった」
闇の霧の影響で、方向感覚が狂い。何もない時と比べて倍近い時間がかかった。
ゼーシェリオンは、原初の樹トヴレンゼオの目の前で座って休む。
『よぉ、久しぶりだなぁ! 』
「ああ。待って。本当に頼むから、少し休ませてくれ」
『そんな体力なかったかぁ? もっとあっただろ! 』
「体力的には全然問題ねぇんだよ。魔力使って方向を見ていたから、感覚ずれまくって、しかも、ぐるぐるで魔力で酔った」
ゼーシェリオンは、体質的に魔力の影響を受けやすい。その体質もあってか、ここへくるまでに、魔力で酔っていた。
「で? 何かあったのか? ゼムとかゼムとかゼムあたりが。これだけ機嫌が良いっつぅ事は、それが原因だろ? それ以外考えられない」
『ゼムが魔法を使ったんだから、当然だろぉ! 』
「えっ? それ、本当なのか? いや、疑ってるわけじゃねぇんだが」
ゼーシェリオンの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
今まで、ゼムレーグが魔法を使わなかった。その原因が自分にあるという事には、昔から気づいていた。ゼムレーグが、ゼーシェリオンを気遣って魔法を使わなくなった。
だが、ゼーシェリオンは、それを嬉しく思った事などない。
むしろ、悲しかった。大好きだった魔法を、自分が奪ってしまったのだと、エンジェリアとフォルの前で、何度も泣いていた。
『良かったなぁ! ゼムレーグは、気づいてなかったんだ。あの選択が、一番悲しませたくない相手を悲しませてる事に』
「ああ。けど、あれは、ゼムの優しさだったんだ。だから、ゼムの前で、泣く事なんてできなかった。謝る事なんてできなかった。気にしてると思ったら、余計にどうすれば良いか分からなくなっていただろうから」
『誰よりも、ゼムレーグの魔法が好きだったのは、間違いなく、ゼーシェリオンだ! 帰ったら、見せてもらえ! あの、繊細で美しい魔法を! 』
「ああ。見せてもらう。絶対、絶対、見せてもらうんだ。俺が、大好きで、いつも見てきた、あの魔法の数々を。特等席で、見せてもらうんだ」
ゼムレーグが魔法を使う事を望んでいたのは、ゼムレーグが魔法を使わなくなった原因を知っている全員。だが、その中でも、一番望んでいたのは、間違いなくゼーシェリオンだろう。
ゼーシェリオンは、溢れる涙を拭い、立ち上がった。
「ありがとな。あいつが、魔法を使ってくれるようになったのは、エレやフォル達のおかげもあるだろう。けど、その最後の後押しをしてくれたのは、きっと、トヴレンゼオなんだよな? だから、ありがと。俺の大好きな兄さんにまた会えるようにしてくれて」
『ゼムレーグは幸せもんだ! これだけ、兄想いの弟がいるんだ! ゼーシェリオン、その想い、今度こそ兄に伝えてやれ! それが、ゼムレーグにとっても良い事だろうからなぁ! 』
「ああ。もう、ゼムのためだから、自分は、それを納得する。そんなふうに思わねぇよ。魔法を使わなくなった時だって、俺が、ゼムを困らせたくないなんて思わずに、魔法を使って欲しいって言っていれば、これだけ迷わせる事なかったんだ」
ゼーシェリオンが、言う事のできなかった言葉。困らせたくなかったというのは本当だ。だが、ゼムレーグがゼーシェリオンを想っての事だというのに、それを言うという勇気が出なかった。それが大きいのだろう。
「今度は伝える。魔法をずっと使って欲しいって思ってたって。使ってくれてありがとって。伝えて、今までの俺が何も言えなかった事も謝る。昔、伝えられなかった事、ちゃんと伝える」
『そうしろ! それと、宝剣を取り戻したって言って褒めてもらえ! 』
「……あっ」
ゼムレーグが魔法を使った。その話があまりに嬉しすぎて、ゼーシェリオンは、宝剣の事を忘れていた。
『……ここへきたのは、宝剣目当てだろぉ? 』
「……あー、ああ。そう、そう。ゼムの事で、喜んでたら、来た目的どうでも良くなって。どうでも良くなってなんてだめな事なんだが」
ゼーシェリオンは、そっぽ向いて、そう答えた。
『宝剣は、もう少し話に付き合えば返す! 』
「それだけで良いのか? 」
『イェリウィヴェとアウィティリメナと話し合って、現状を見るために洞窟の中に入れさせるとしていたが、ゼーシェリオンは特別大サービスだ! それを省いてやろう! その代わりに話に付き合うんだ! 良い話だろぉ! 』
「良い話だが、それで良いのか? 」
『この霧を渡った時点で、あの二人に報告するには十分だ! それより、ゼーシェリオン! キサマは、話の方が重要だ! 』
そう言って、トヴレンゼオの人型が姿を現した。
「久々に見るが、本当に羨ましいくらいの、バランス良い筋肉。じゃなくて、話って何を話せば良いんだ? 」
『それは簡単だ! 今のゼーシェリオンを知りたいんだからなぁ! 話といっても、この質問に答えれば良い! 今のキサマの望みはなんだ! 』
なぜそんな質問をするのか。それに何の意味があるのか。そんな事は、ゼーシェリオンには分からない。聞いたところで、答えてなどくれないだろう。
「誰もが何かに怯える事なく、笑っていられる世界。そんな世界なら、エレも、毎日幸せそうに笑ってくれる。俺は、エレを、誰よりも幸せだと言わせたい。それが俺の望みだ」
『甘ったるい! キサマが大好きな菓子よりも甘ったるい! 何も変わってはいない! 諦め知らずの頑固者だなぁ! 』
「悪かったな。頑固者で。けど、変えるつもりも、諦めるつもりもねぇよ」
この世界ではエンジェリアは生きづらいだろう。前の世界でも、それはそんなに変わってないだろう。
エンジェリアは、愛姫としての重い役割がある。それが、エンジェリアを生きづらくさせている。
愛姫の役割について、ゼーシェリオンは、全ては知らない。だから、どうすれば、エンジェリアが生きやすくなるかなんて知らない。
ゼーシェリオンが、自分ができる事を考えた結果。それがこの望みだ。
「俺にできる事は、エレに優しい世界を作る事だけだから。平和な世界なら、エレが泣くような事はねぇだろ? 」
『ただそれだけのために。クククク、ハッハッハ! それを、国一つだが実現させている! 本当に、素晴らしい! 合格だ! キサマは、愛姫と共にいるに相応しい! 』
トヴレンゼオが笑う。
「何が合格なんだよ。あいつが誰と一緒にいるかなんて、あいつが決める事だろ」
『そうだ! だが、愛姫を守る事ができないのなら、愛姫と離れるべき! そう思った事はないか? 』
「あいつは、守ってもらえなくても、側にいてくれって言う。守る守らないなんて関係ねぇんだ。だから、思わねぇよ。俺はただ、エレが好きで、エレの側にいるだけだからな」
『そうだ! 愛姫と共にいる事で一番大事なのはそれだ! 愛姫は、守らないといけない存在だから一緒にいる。自分が守れないならいる資格はないではない! 愛姫が好きだから、一緒にいたいから。ただそれだけの理由で共にいる! それが一番大事なんだ! それこそが、愛姫の恩恵を受けるに値する人物という事だ! 』
愛姫の恩恵。それは、エンジェリアがいまだに使えない愛魔法の事だろう。愛魔法は、使いこなす事ができれば、かなり強力な魔法だ。
『愛姫の恩恵を受けるには、双方の愛が必要だ! その愛姫の恩恵を受ける可能性が高いのが二人いる! 誰かは言わずともだろう! 』
ゼーシェリオンとフォルの事だ。エンジェリアの側に長い時間いる二人。エンジェリアが、愛を理解するのであれば、二人のどちらかだろう。
『その二人のうち片方が、愛姫への想いがどれほどのものか試す! それこそが、今のキサマへの試練というわけだ! 試練なんぞ、格好つけているだけだがな! 』
「それを言う必要ねぇだろ。最後の一言。けど、そういう理由なら、宝剣はもらえるんだよな? 」
『渡す! これだ! 』
トヴレンゼオが、ゼーシェリオンに宝剣を渡した。ゼーシェリオンは、宝剣を受け取り、魔力経路に不具合がないかだけ確認しておく。
「魔力経路の不具合がない。ありがとな。今まで大事に保管してくれて」
『気にするでない! 今度はゼムレーグも連れてこい! いつまでも待っている』
「ああ」
――……なんだろうな。この、懐かしさは。
ゼーシェリオン達は、宝剣を受け取り、トヴレンゼオと別れた。
ジェルドの遺産を探しに向かった。