洞窟に入り、エンジェリア達との通信が途絶えたゼムレーグは、エンジェリアを心配しつつ、奥へ進んだ。
真っ赤な地面。そこに足を踏み入れずとも、熱が伝わる。
この先、一歩でも踏み入れれば、足は火傷どころでは済まされないだろう。
――オレが魔法を使えるか見ているみたい。
ゼムレーグは、氷魔法を使い、地面を冷やした。
冷えた地面を進むと、今度は、炎で前に進めなくなっている。
――オレ、暑いの苦手なんだけどなぁ。
ゼムレーグは、水魔法で炎を消化した。
まるで、ここにはゼムレーグが来ると分かっているかのような仕掛け。それに、その仕掛けからは、楽しそうな色が浮かんでいる。
――こっちに関しては、ゼロの方が精度が高い。でも、このくらいなら、オレでも分かる。楽しい。愉快。これは、トヴレンゼオかな。
「聞こえてる? 返事はしなくて良いから、聞いてくれる? 」
ゼムレーグは、姿を見せない、原初の樹トヴレンゼオに話しかける。
「いくらでもオレを試して良いよ。後悔しないなら」
『ほぅ、後悔とは? 』
「忘れた? オレはこれでも、ほんの少し魔法を使うだけで、世界を氷漬けにできるんだ。いくらでも試せば良い。けど、試すなら、その覚悟を持って試せ」
エンジェリアがもし見ていたら、顔を真っ赤にして抱きついたのだろう。そして、泣いて喜んだだろう。
「オレを、ジェルドを試すという事は、そういう事だと理解している? いないなら、今直ぐ中止する事を薦めよう。理解しているならもう一つ。オレ達の愛しい姫に傷一つでもできていれば、たとえ原初の樹であろうと、関係ない。その葉も根も全て凍ってもらう」
ゼムレーグの瞳が、透き通った氷のような色を見せる。それは、かつてエンジェリアが好きだと言った色。
魔法を使うのを躊躇しなかった、氷色。
――フォルとフィルが散々オレを昔に戻そうとしてくれてた。エレとゼロを守れるオレであって欲しいと望んでくれた。だから、もう迷わないよ。オレは、ゼロのためにも、魔法を使う。
氷の天才のゼムレーグ。氷魔法どころか、他の簡単な魔法ですらろくに使えないゼーシェリオン。
ゼーシェリオンは、努力を重ね、ある程度魔法を使えるようになった。だが、それでも、ゼムレーグには遠く及ばない。
ゼムレーグは、それでゼーシェリオンが自分と比べられている事を気にしていた。自分が魔法を使えなければ、ゼーシェリオンは、自分と比べられる事なんてなかった。
その想いが、ゼムレーグから魔法を奪った。
ゼーシェリオンへの想いが、ゼムレーグをずっと迷わしていた。
比べられて落ち込む姿を見たくない。危険から守りたい。どちらも、同じだけ大きい想い。大きいからこそ、迷いが、ずっと取れなかったのだろう。
長い時を経て、ゼムレーグは、今、その迷いは完全に消えた。
『ククク、ハーハッハッハ。それでこそ、我らの知るゼムレーグという男だ! 今宵は祝杯をあげようではないか! あのゼムレーグ様が、とうとう姿を見せたのだから! だが! ただ氷魔法を使っただけで、それを認めるとでも? 』
「だろうね。聖月の、いや、オレとゼロが使う魔法を見せない限り、認めはしない。そうじゃないかな? 」
『そのとーり! さあ、貴殿が、我々の知るゼムレーグだという証をここに見せてみろ! 』
ゼムレーグは、口角を上げた。
――昔は、こうして楽しくゼロに魔法を見せてた。エレやフォルにも見せて、遊んでいた。
両手を曲げ、手のひらを上に向ける。
ゼムレーグとゼーシェリオンの使う魔法は、調節が必要。その調節は、手の感覚で行う。
「この感覚、何万年ぶりなんだろう。ううん。オレは、夢でこの感覚を味わってる。だから、十数年ぶりくらいかな」
魔法を使う感覚。ゼムレーグが好きだったもの。それをようやく、迷う事なく、この現実でできる。
それが嬉しくてたまらない。
「どこかにエレがいる。だから、この程度で止めておかないと」
『素晴らしい! なら、この程度の根の子は余裕だろう! 』
「根の子……原初の樹の根からできる生物で、再生能力が桁違いだったっけ? たとえ根が粉々になろうと、次の日には再生している。しかも、根は、魔力の塊だから、根がいくらダメージを受けようと、原初の樹は無傷。まさに試練のために用意されているもの」
『知識まであるとは! さすがは、あの氷の兄殿下! 今の兄殿下なら、遠慮というものはいるまい! 』
「えー、遠慮とか手加減は大歓迎なんだけど。なんて、嘘は通じない? 」
魔法が好き。魔法を使うのが好き。今までずっと見ないようにしてきた感情。それに嘘などつけない。
手加減なんていらない。存分に魔法を楽しめるようにしてほしい。言葉でどう言おうと、表情がそれを物語っていただろう。
『フッ、なら、とっておきの根を用意してやろう! 』
氷を纏った巨大な根。明らかに氷の耐性があると言わんばかり。
「氷魔法使いに氷魔法耐性の根を用意するとか、性悪」
根が、氷魔法を使う。氷の氷柱が、ゼムレーグに向かって飛んでくる。
「ああ、その程度ね。まあ、氷魔法なんてレアな魔法。しかも、オレ達レベルなんて再現不可能って事かな」
氷の氷柱が、ゼムレーグの目の前で粉々に砕け散る。
「主人に選ばせてあげる。全身氷漬けか、氷の刃で斬り刻まれるか」
『氷の刃の方だ! 』
「良いよ」
ゼムレーグは、そう言って、氷魔法で剣を創った。
『氷の兄殿下に、剣術の才があると聞いた事はないが? 』
「魔法の方が楽だから。けど、ゼロに暗殺術と剣術を教えた事もあるんだよ。人に教えられる程度にはできる」
地面から根が出てくる。ゼムレーグは、根を避けず、剣を振るった。
「やっぱ、しばらくやってないと鈍ってる。これじゃあ、一日で再生するよ」
根は、バラバラになっている。
『……氷漬けの方も希望と言っても聞いてくれるか? 』
「当然。そっちの方が得意分野だからね」
ゼムレーグの足元から、地面が凍る。その氷が広まり、根の本体を氷漬けにした。
「でも、これだと、半日くらいで元通りかな」
そう言って、ゼムレーグは、剣を振った。剣から、小さな氷の刃が大量に出る。これが、地面から出てきた根を、バラバラにした。
『ホォ。クククク、ハーハッハッハッハ! これだ! これが見たかった! これこそ、あのゼムレーグ・ヴィンレンズ・アロジェーシンティード! 今はロジェンドだったか? 姫君の事を考え、一日は絶対に再生させないとする心! それを可能とする強さ! ああ! ようやく帰ってきた! 』
「……そっちにゼロ来るはずだから、抑えて。その闇は、精神に悪影響を与えるから」
『抑える? そんなのできるわけ無かろう! あのゼムレーグが帰ってきたとなれば! それに、その程度をどうにかできない弟か? 』
「違うに決まってんじゃん。オレの弟だよ? 魔法はろくに使えない。運動神経はそこそこ。それを努力だけで、オレと肩を並べられる日が夢じゃないと言えるようになった。秀才の弟が……オレの自慢の弟が、そのくらいの対処できないなんて思ってない」
ゼムレーグは、自分が魔法を使わなくなっても、ずっとゼーシェリオンの成長を見てきた。成長を喜んできた。
だからこそ、前を向き、笑顔でそう言う。そこに心配など一切ないと言わんばかりに。
『そう! 秀才だ! あれは、才能を完全に開花させる事なくここまで登り詰めた秀才! その中に、ゼムレーグ、キサマと共にありたいという想いもあった事を、覚えておけ。キサマが前に行けば、必ず向き合う事ができるようになる。今はその意味が理解できなかろう。だが、いつかのために覚えておく事だ! 』
「覚えておく。ありがとう。最後のきっかけを作ってくれて」
トヴレンゼオが、こうしてゼムレーグを試さなければ、こうして魔法を使う決意ができてなかったかもしれない。迷いを完全に吹っ切る事などできてなかっただろう。
迷わずに魔法を使えるのは、トヴレンゼオのおかげだ。
「使うと決めてても、迷いはあったから」
『きっかけくらいいくらでも作る! それで、帰ってくるならな! それより、早く行かないと、姫君が泣き喚く。最奥はこの穴の中だ! 』
「あー、エレ、高いの嫌いだから。そういう事なら、すぐにでも行かないと。また今度そっちに行くよ」
ゼムレーグは、そう言って、穴の中へ入った。
『姫君を必ず守ってやれ! それが、キサマらの贖だ! 』