ピュオとノーヴェイズは、御巫候補に選ばれる前は、一般的な学生だった。
ある日突然、御巫に選ばれ、御巫を望んでいる世界へ転移させられた。
それから、元いた世界には帰れず、その世界で御巫候補として暮らしてきた。
「御巫様、どうか、魔物が生まれる場所を浄化してください」
その頼みを引き受けたピュオとノーヴェイズは、魔物が生まれる場所へ向かった。
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整備されていない、岩がゴツゴツと出ている道。ピュオとノーヴェイズのいた世界では考えられない道だ。
いくら、長い事ここで暮らしてきたと言っても、村から遠くへ行く事は滅多にない。
村はまだ道が整備されている。それでも、ピュオとノーヴェイズのいた世界とは比べ物にならないが。
慣れない道を歩く分、疲労も溜まる。
「少し休憩しようよ。お弁当持ってきてるから、お昼を兼ねて」
「ピュオが準備してくれたの? 」
「うん」
「そうなんだ。昔を思い出す。毎朝のように学園に行く時間を知らせに来てくれて、お弁当を作ってくれた。俺の好物知ってるから、テスト勉強後とかいっぱい入れてくれていた」
「ノヴェのおかげで、いつも赤点免れたから、そのお礼だよ。こっちには、唐辛子がないから、似たものしか作れなかったけど、上手にできていると思うから食べてみて」
ピュオとノーヴェイズが、休息をとっていると、小動物が近づいてきた。
「ここ、小動物多いね」
「うん。それに、魔物が生まれる場所が近いのに魔物がいない。魔物が生まれるのは、見間違いだった? 」
「それはないと思うけど」
魔物が生まれる場所が近いのであれば、ここにも魔物がいてもおかしくはない。むしろ、魔物がいなければおかしい。
ピュオとノーヴェイズは、それを不思議には思っていた。だが、ピュオとノーヴェイズのいた世界では、魔物など御伽話のような世界。そんなものは見た事がない。
ここへ来てからというもの、この世界の地理や歴史、魔法学や調合学から、魔物の特徴についてまで学んできた。だが、それでも、この世界にずっといる人々よりも知らない事が多い。
この明らかにおかしい現状も、自分達が知らないだけで片付けた。
「ご馳走様。相変わらず、優しい味」
「うん。ノヴェはこういうのの方が好きだと思うから」
「好きだよ」
ピュオとノーヴェイズは、弁当を片付け、休息を終えた。
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再び、魔物が生まれる場所へ向かう。
「ここからさらに、きつそう」
「うん。ピュオ、道が悪いから転ばないように気をつけて」
巨大な岩が並ぶ道。岩の周囲は水。ここを通るには、岩を渡っていく他ない。
「来れる? 」
「うん。ありがとう」
ノーヴェイズが、先に行き、ピュオを引っ張る。
「ノヴェって、学園で人気高かったの知ってる? 」
「そうなの? 」
「うん。頭が良くて優しくて、頼りになるって人気だったんだよ。運動とか得意そうじゃないのに、意外とできるからっていうのもあったんだ」
「なんかそう見られがちなんだよね。研究ばかりしてたけど、運動神経は昔から悪くないのに」
「研究ばかりしてたからだよ」
ノーヴェイズは、元いた世界では、日夜研究ばかりして、運動ができるというイメージを持たれていなかった。
ピュオは、岩を軽々と超えているノーヴェイズを見て、そう答えた。
「研究が楽しかったから」
「だからって、毎日毎日、学園行く時間になっても、研究ばかりで、遅刻ギリギリになるのはやめて欲しかったよ。あれのおかげでかなり体力ついたけど」
「毎日家から学園まで走ったからね。でも、ピュオは運動部だったから、そのおかげじゃなくても体力あったんじゃない? 」
「ノヴェ、朝練の後、近いから走ってノヴェの家行って、また学園まで走るってどれくらい疲れると思う? 」
「……ありがとうございます」
ピュオは、この世界の人々からしてみても、体力がある方だ。それは、毎日のように行われたノーヴェイズの迎えのおかげ。そのおかげで、今こうして、一度だけの休憩で何時間も歩いていられる。
ノーヴェイズは、魔法具に元いた世界の知識を使っているが、ピュオは、この世界に来てから、知識を役立てる事は少ない。だが、体力面では、かなり役立てられている。
「ノヴェは、戻りたいって思う事ってある? 」
「それはあるよ。向こうの方が、なんでも揃っていたから。でも、こっちはこっちで楽しい。ピュオと一緒だからかな」
「うん。そうだね。わたしも、ノヴェと一緒だから楽しいよ。でも、少し寂しい。卒業したら、ノヴェと結婚して、ノヴェの家族にノヴェの晴れ姿を見せてあげる予定だったから」
ピュオの家族は、ピュオが幼い頃行方不明になったきり、帰ってきていない。一人になったピュオの面倒を見てくれたのが、ノーヴェイズの両親だった。
その恩を返すため、共働きのノーヴェイズの両親に弁当を作り、ついでにノーヴェイズにも弁当を作っていた。
卒業した後、ノーヴェイズの両親から、結婚を勧められていた。ピュオは、それに応える予定だった。
恋愛感情は、多少はあっただろう。だが、それ以上に、ノーヴェイズの両親が、ピュオの晴れ姿を見たいと言っていたため、それを叶えてあげたいというのが大きかった。
「ルーが、手紙くらいは今でも送れるって言っていたから、もう少し慣れたら、結婚する? それで、写真を手紙と一緒に送ろうよ」
「だめだよ。ちゃんとノヴェの家族が参加しないと。こういうのは、写真じゃなくて実物を見せてあげないと」
「そういうものなんだ」
ピュオは、「そういうものだよ」と言いながら、ノーヴェイズと手を繋ぎ、岩を登る。
二人で会話していると、岩の終わりが見えてきた。
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魔物が生まれる場所へ辿り着くと、そこには、
後ろ姿だけでも、その少女の美しさが溢れ出ている。
「あの、どうしてここにいるんですか? そこは危険な場所です。何か困っているなら、わたし達が協力しますよ」
ピュオが声をかけると、赤髪の少女は、振り返った。
整った顔立ち。琥珀色の瞳。息を呑むほど美しいその少女に、ピュオは目を奪われた。
「……ず? ……じぇ? 」
澄んだ美しい声。なんて言っていたかは聞き取れなかった。
「あの」
「……ち、がう! ……ずと……じぇを返せ! 」
突然、真っ黒い霧が辺りを包み込む。
「おまえ達が奪ったんだろう! あの二人を返せ! 」
ピュオとノーヴェイズには、心当たりがない。そもそも、彼女に会った事すらない。
赤髪の少女は、ピュオとノーヴェイズを、誰かと勘違いしているのだろう。
「誰か探しているんですか? 」
「だまれ! おまえ達が奪ったのは知っている! ワタシの宝物を返せ! 」
赤髪の少女が探す相手は、彼女にとって相当大事な相手なのだろう。ピュオの言葉には聞く耳を持たない。
「あの二人を奪ったおまえ達も、あの二人を騙した人の子も、みんな恨んでやる! 呪ってやる! 呪いに蝕まれろ! 」
真っ黒い霧が、ピュオの中に入る。だが、なんともない。
赤髪の少女は、突然消えた。
ピュオとノーヴェイズは、とりあえず魔物が生まれる場所であるここを浄化魔法で浄化して、村へ帰った。
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異変が起きたのは、ピュオとノーヴェイズが村へ帰って数日。
村人が突然異形な姿へと変わった。
その村人は、他の村人を襲った。それが始まりだった。
それから、一人、また一人と呪いにより異形な姿へと変わる。男限定で。
男が異形な姿へと変わり、女は男に襲われる。そうして、村人がどんどん減っていった。
星の御巫は、呪いを打ち消す力を持つ。その力は、星の御巫を犯せば手に入る。
人が減る中で、そんな噂が広まった。
そうして、呪いの影響を受けなかったピュオは、まだ呪われていない人々に追われる事となった。
その後、村は全滅。残されたピュオは、深い眠りにつき、ノーヴェイズは、ピュオを守るための国を築いた。
それが、現在も存在するアスティディア。
そこには、かつて存在して呪いにより滅んだ、その村の記憶が保管されている。