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1話 赤髪の少女


 ピュオとノーヴェイズは、御巫候補に選ばれる前は、一般的な学生だった。

 ある日突然、御巫に選ばれ、御巫を望んでいる世界へ転移させられた。


 それから、元いた世界には帰れず、その世界で御巫候補として暮らしてきた。


「御巫様、どうか、魔物が生まれる場所を浄化してください」


 その頼みを引き受けたピュオとノーヴェイズは、魔物が生まれる場所へ向かった。


      **********


 整備されていない、岩がゴツゴツと出ている道。ピュオとノーヴェイズのいた世界では考えられない道だ。


 いくら、長い事ここで暮らしてきたと言っても、村から遠くへ行く事は滅多にない。


 村はまだ道が整備されている。それでも、ピュオとノーヴェイズのいた世界とは比べ物にならないが。


 慣れない道を歩く分、疲労も溜まる。


「少し休憩しようよ。お弁当持ってきてるから、お昼を兼ねて」


「ピュオが準備してくれたの? 」


「うん」


「そうなんだ。昔を思い出す。毎朝のように学園に行く時間を知らせに来てくれて、お弁当を作ってくれた。俺の好物知ってるから、テスト勉強後とかいっぱい入れてくれていた」


「ノヴェのおかげで、いつも赤点免れたから、そのお礼だよ。こっちには、唐辛子がないから、似たものしか作れなかったけど、上手にできていると思うから食べてみて」


 ピュオとノーヴェイズが、休息をとっていると、小動物が近づいてきた。


「ここ、小動物多いね」


「うん。それに、魔物が生まれる場所が近いのに魔物がいない。魔物が生まれるのは、見間違いだった? 」


「それはないと思うけど」


 魔物が生まれる場所が近いのであれば、ここにも魔物がいてもおかしくはない。むしろ、魔物がいなければおかしい。


 ピュオとノーヴェイズは、それを不思議には思っていた。だが、ピュオとノーヴェイズのいた世界では、魔物など御伽話のような世界。そんなものは見た事がない。


 ここへ来てからというもの、この世界の地理や歴史、魔法学や調合学から、魔物の特徴についてまで学んできた。だが、それでも、この世界にずっといる人々よりも知らない事が多い。


 この明らかにおかしい現状も、自分達が知らないだけで片付けた。


「ご馳走様。相変わらず、優しい味」


「うん。ノヴェはこういうのの方が好きだと思うから」


「好きだよ」


 ピュオとノーヴェイズは、弁当を片付け、休息を終えた。


      **********


 再び、魔物が生まれる場所へ向かう。


「ここからさらに、きつそう」


「うん。ピュオ、道が悪いから転ばないように気をつけて」


 巨大な岩が並ぶ道。岩の周囲は水。ここを通るには、岩を渡っていく他ない。


「来れる? 」


「うん。ありがとう」


 ノーヴェイズが、先に行き、ピュオを引っ張る。


「ノヴェって、学園で人気高かったの知ってる? 」


「そうなの? 」


「うん。頭が良くて優しくて、頼りになるって人気だったんだよ。運動とか得意そうじゃないのに、意外とできるからっていうのもあったんだ」


「なんかそう見られがちなんだよね。研究ばかりしてたけど、運動神経は昔から悪くないのに」


「研究ばかりしてたからだよ」


 ノーヴェイズは、元いた世界では、日夜研究ばかりして、運動ができるというイメージを持たれていなかった。


 ピュオは、岩を軽々と超えているノーヴェイズを見て、そう答えた。


「研究が楽しかったから」


「だからって、毎日毎日、学園行く時間になっても、研究ばかりで、遅刻ギリギリになるのはやめて欲しかったよ。あれのおかげでかなり体力ついたけど」


「毎日家から学園まで走ったからね。でも、ピュオは運動部だったから、そのおかげじゃなくても体力あったんじゃない? 」


「ノヴェ、朝練の後、近いから走ってノヴェの家行って、また学園まで走るってどれくらい疲れると思う? 」


「……ありがとうございます」


 ピュオは、この世界の人々からしてみても、体力がある方だ。それは、毎日のように行われたノーヴェイズの迎えのおかげ。そのおかげで、今こうして、一度だけの休憩で何時間も歩いていられる。


 ノーヴェイズは、魔法具に元いた世界の知識を使っているが、ピュオは、この世界に来てから、知識を役立てる事は少ない。だが、体力面では、かなり役立てられている。


「ノヴェは、戻りたいって思う事ってある? 」


「それはあるよ。向こうの方が、なんでも揃っていたから。でも、こっちはこっちで楽しい。ピュオと一緒だからかな」


「うん。そうだね。わたしも、ノヴェと一緒だから楽しいよ。でも、少し寂しい。卒業したら、ノヴェと結婚して、ノヴェの家族にノヴェの晴れ姿を見せてあげる予定だったから」


 ピュオの家族は、ピュオが幼い頃行方不明になったきり、帰ってきていない。一人になったピュオの面倒を見てくれたのが、ノーヴェイズの両親だった。


 その恩を返すため、共働きのノーヴェイズの両親に弁当を作り、ついでにノーヴェイズにも弁当を作っていた。


 卒業した後、ノーヴェイズの両親から、結婚を勧められていた。ピュオは、それに応える予定だった。


 恋愛感情は、多少はあっただろう。だが、それ以上に、ノーヴェイズの両親が、ピュオの晴れ姿を見たいと言っていたため、それを叶えてあげたいというのが大きかった。


「ルーが、手紙くらいは今でも送れるって言っていたから、もう少し慣れたら、結婚する? それで、写真を手紙と一緒に送ろうよ」


「だめだよ。ちゃんとノヴェの家族が参加しないと。こういうのは、写真じゃなくて実物を見せてあげないと」


「そういうものなんだ」


 ピュオは、「そういうものだよ」と言いながら、ノーヴェイズと手を繋ぎ、岩を登る。


 二人で会話していると、岩の終わりが見えてきた。


      **********


 魔物が生まれる場所へ辿り着くと、そこには、の少女が立っている。魔物は存在しない。

 後ろ姿だけでも、その少女の美しさが溢れ出ている。


「あの、どうしてここにいるんですか? そこは危険な場所です。何か困っているなら、わたし達が協力しますよ」


 ピュオが声をかけると、赤髪の少女は、振り返った。


 整った顔立ち。琥珀色の瞳。息を呑むほど美しいその少女に、ピュオは目を奪われた。


「……ず? ……じぇ? 」


 澄んだ美しい声。なんて言っていたかは聞き取れなかった。


「あの」


「……ち、がう! ……ずと……じぇを返せ! 」


 突然、真っ黒い霧が辺りを包み込む。


「おまえ達が奪ったんだろう! あの二人を返せ! 」


 ピュオとノーヴェイズには、心当たりがない。そもそも、彼女に会った事すらない。


 赤髪の少女は、ピュオとノーヴェイズを、誰かと勘違いしているのだろう。


「誰か探しているんですか? 」


「だまれ! おまえ達が奪ったのは知っている! ワタシの宝物を返せ! 」


 赤髪の少女が探す相手は、彼女にとって相当大事な相手なのだろう。ピュオの言葉には聞く耳を持たない。


「あの二人を奪ったおまえ達も、あの二人を騙した人の子も、みんな恨んでやる! 呪ってやる! 呪いに蝕まれろ! 」


 真っ黒い霧が、ピュオの中に入る。だが、なんともない。


 赤髪の少女は、突然消えた。


 ピュオとノーヴェイズは、とりあえず魔物が生まれる場所であるここを浄化魔法で浄化して、村へ帰った。


      **********


 異変が起きたのは、ピュオとノーヴェイズが村へ帰って数日。


 村人が突然異形な姿へと変わった。


 その村人は、他の村人を襲った。それが始まりだった。


 それから、一人、また一人と呪いにより異形な姿へと変わる。男限定で。


 男が異形な姿へと変わり、女は男に襲われる。そうして、村人がどんどん減っていった。


 星の御巫は、呪いを打ち消す力を持つ。その力は、星の御巫を犯せば手に入る。


 人が減る中で、そんな噂が広まった。


 そうして、呪いの影響を受けなかったピュオは、まだ呪われていない人々に追われる事となった。


 その後、村は全滅。残されたピュオは、深い眠りにつき、ノーヴェイズは、ピュオを守るための国を築いた。


 それが、現在も存在するアスティディア。

 そこには、かつて存在して呪いにより滅んだ、その村の記憶が保管されている。




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