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第7話 計画


 ミディリシェルがまだ寝ている時間、フォルは一人でエクリシェの外へ出ていた。


「久しぶり」


「ああ。久しぶりだ」


 緑髪の女性と人気のない場所で会っている。


 人が来ないか警戒しながら。


「以前の計画通りで良いかい?」


「いや、変更する。あの子が僕の匂いを覚えている。これだと匂いでバレるだろうから、僕に頼まれてあの子らの世話をするって事にしておいて」


「それ以外は?代わりなくて良いかい?」


「うん。人攫いの方もこっちでやっておく。君は、あの子を裏口から外へ出すだけで良い。あの方向音痴だ。そうすれば勝手に人攫いのいる場所に行ってくれるだろう。そのあとは、ゼロがあの子を助けに行くまでの時間をできる限り稼いで欲しい」


「了解。これも契約。最後までその計画に乗っかるよ。けど、これをして後悔しないのかい?これが成功すれば、あの二人は安全な日常を送れる。その代わり、君は今のあの二人以外の全ての縁を切らなければならなくなる。それを後悔しないのかい?」


「……そんなの、エレとゼロの安全を考えれば、どうだって良い。僕は、あの二人が笑っていてくれさえすれば良いんだ。そのためなら、全てを捨てて良い。もう、何も求めない」


 ミディリシェルとゼノン、二人の事だけは守っていたい。危険な目には合わせたくない。


 御巫というものを望ませたくはない。


 そのためなら、どんな事だってする。これは、どんな事をしてでも、ミディリシェルとゼノンが、御巫に選ばれなくするための計画だ。失敗などできない。


 それ以外を望む事も、できるわけがない。


「世の中、真実の愛を見つけただとか、嘘偽りのない愛、一途な愛、純粋な愛、変わらぬ愛だとか、愛というものをいろいろ言う。君の場合、底の見えないほど深い愛なんだろうね。幾千幾億、数え切れない時が経とうと決して揺るがない、深まるばかりの愛」


「……」


「深愛。どこまでも深く、愛された相手を溺れさせ、逃げられなくするような愛。けど、それが美しいんだろうね。それが、君をずっと苦しめているんだろうね」


 その愛さえ忘れてしまえば、あの二人がどんな運命を辿ろうと関係ないと思う事ができるようになれれば、こんな選択はせずに済んだのだろう。たった二人のためだけに、他の全てと別れる事を決断するから必要なんてなかったのだろう。


 だが、それをしてでも、二人を守りたい。そう思えるほど愛してしまっている。


「深愛、か。僕らのこの愛を表現するのには一番良いかもしれない。記憶にすらないような長い時間の中、深くなるばかりなんだ。この感情は。だから、あの子がいなくなるのに耐えられないんだろう。ロジェ、あの子らの事、最後まで守ってあげて」


「それが契約の内容なんだ。当然だよ」


「……ごめん、なんにもしてやれなくて。それと、ありがと、さようなら」


「……その礼だけ受け取っておくよ」


      **********


 ミディリシェルは、エクリシェの案内をゼノンにしてもらっていた。


 住居スペースに娯楽スペース、買い物スペースなどと、ここだけで、外に出る必要などないほど施設が充実している。


「便利だろ?」


「みゅ。水族館とか気になるの。お魚に乗れるんでしょ?」


「乗れるわけねぇだろ。お前の水族館はどんな巨大魚いるんだよ」


 ボケているつもりはないが、ミディリシェルが何か言う、ゼノンが突っ込む。最近は、これが日常となっている。


「それにしても遅いな。そろそろ帰ってきて良いと思うんだが」


「ふみゅ。ミディも遅いと思うの。ミディ寂し……ゼノンいるからがまんするだけなの」


 フォルが朝からどこかへ出掛けて帰ってこない。ミディリシェルとゼノンは、ずっとフォルの帰りを待っている。


 だが、フォルが帰ってくる事はなかった。


      **********


 エクリシェ探検に疲れ、リビングで寛いでいると、緑髪の女性が訪れた。


「そこの二人だけは以前に会った事があったかな。初めまして、僕はローシェジェラ。しばらくの間、ミディとゼノンの面倒を見て欲しいと、多忙なフォルに頼まれたから、よろしく」


「よろしくなの……みゅ?ゼノンも面倒見られてたの」


「そこはどうでも良いだろ。それより、お前次はどれだけ勉強できるか見るからな。出来が悪いと、強制勉強三時間コースだ」


「ふみゃぁ。ゼノンがいじわるなの」


 勉強嫌いのミディリシェルにとって、強制勉強は嫌がらせでしかない。ミディリシェルは、逃げ場を探すが、ここにいる時間の長いゼノンから逃げられる未来が見えない。


「むにゅぅ。お手柔らかにお願いするの。極甘。とってもとっても極甘さんでお願いするの」


「……とりあえずテスト作ったからそれを解いてみろ。できていればご褒美くれてやる」


「……パフェ」


「ああ。ミディのためだけに作ってやる」


 全てはパフェのため。ミディリシェルは、喜んでテストを受けた。


      **********


「……魔法学と調合学だけは満点だね」


「ああ。他全部十点未満だが。なんでこの二つできてほかできねぇんだよ。普通逆だろ」


 採点が終わると、ゼノンが呆れを通り越して感心している。


 ミディリシェルは、テスト燃え尽き症候群を発症して、机に突っ伏している。


「まあ、とりあえず、お疲れ」


「みゅ。がんばったの。ご褒美欲しいの」


「これでパフェはねぇよ。平均したら低いんだよ」


「……」


「……けど、このくらいなら」


 ゼノンがそう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。


「にしても、さすがは天才魔法具設計師だな。あの短時間で新しい魔法具の設計図を描き上げるとは」


 なんでも良いから魔法具の設計図を描け。魔法学のテストにあったその問題に、ミディリシェルは、どこにいても道が分かる魔法具の設計図を描いた。


 それと似た魔法具があるが、従来の魔法具よりも明らかに性能は上。現在の技術では到底不可能なラインギリギリを攻める設計図だ。


「ミディの得意分野なの。なんなら、今ゼノン達が使っている連絡魔法具の性能を倍増させる連絡魔法具の設計図だって描けるの。作る事も時間かかるけどできるの」


「……お前の技術は何千年前どりしてんだよ」


「逆なの。今の技術が明らかに低すぎるだけなの。昔の文献を読んでみれば分かるけど、昔はもっとすごい魔法具いっぱいだったの。古代魔法具とかもそうでしょ?ミディは、そんな魔法具を作りたいの。例えば、これとか」


 ミディリシェルは、収納魔法の中から、巨大な本を取り出した。これは、古代魔法具の一つ。今のミディリシェルでは、それ以上は分からない。


 ミディリシェルが昔からずっと持っている古代魔法具だ。


「中に書いてある文字は読めないの。どんな魔法具かも分からない。分かるのは、今も変わらず動き続けているって事だけ。ずっと昔に作られたのに、これって、奇跡みたいでしょ?ミディ、こういう奇跡のようなもので、世界が滅びないように守ってあげたいんだ」


「……魔原書リプセグ。君だけが持つ特別な書物だよ。読めないなら、ゼノンにでも頼めば良いんじゃない?こんなテストをするくらいなんだから、このくらいの文字は読めないと」


「ロジェってなんだかフォルに似てるの。ちょっといじわるってところが似てるの。でも、優しそう。ミディ、ゼノンに頼むね。ありがと、教えてくれて」


 ミディリシェルは、ローシェジェラに笑顔を見せた。


「ゼノン、これ後でお部屋戻って読むの。一緒に読むの。文字、ミディにも教えて欲しい。ちゃんと覚えられるようにいっぱいがんばるから」


「がんばらなくて良い。そうやって気張ってるから覚えられねぇんじゃねぇのか?もっと気楽に、楽しく覚えた方が、勉強もいやにならずに覚えられるだろ?」


「むにゅぅ、ゼノン天才なの。ミディのふにゃなの。早速お部屋戻る」


 ミディリシェルは、立ち上がり、ゼノンの腕を引っ張りリビングを出た。


「お前、部屋の場所分かってんのか?」


「……きっと分かってるの。着いてくれば着くから」


「って言ってる割には反対方向行くんだな」


「みゅにゃ⁉︎もう、ゼノンに頼むの」


「さっき案内したのに。お前方向音痴だろ」


 今までは、同じ場所を通るだけの日々だった。そのせいか、ミディリシェルは、自覚していなかった。自分が方向音痴である事を。


 ここにきて、ゼノンに指摘され、初めて、ミディリシェルは自分は方向音痴であるという事実に気がついた。


 だが、それを受け入れるのはすぐにすぐできない事。


「そんな事……ないの!気のせいなの!」


 認められずに否定する。


「……ミディ、俺、前に聞いた事があるんだ。フォルと二人で夜に遊んでいた時だったか。フォルは、どんな子が好きなんだって。それで色々と話していて盛り上がった時、方向音痴ってどう思うって話になってな。フォルが、方向音痴って可愛いって言っていたんだ」


 夜に遊んでいた。恋話。盛り上がる。どれをとっても嘘とは思えない内容の数々。

 なぜ方向音痴の話になったのか。その前の話はないが、そこは省いただけだろう。


 ミディリシェルは、そこまで考えて、この話は嘘ではないという考えに至った。


 そして、フォルが方向音痴が好き。であれば、フォルの事が好きなミディリシェルには、受け入れないという選択肢が消えた。


「ふみゅ。ミディは方向音痴なの」


 と、あっさりと認めた。


「単純すぎるだろ。フォルが言っていたからってだけで認めるとか」


「ふみゃ⁉︎嘘だったの⁉︎ミディを騙したの⁉︎」


「騙してねぇよ。さっきの話は本当にした事だ。方向音痴の話題が出たのは、恋愛話とか関係なく、本を読んでいて、主人公が方向音痴だったからってだけだが」


「みゅ⁉︎本当なの?」


「ああ。疑うなら、フォルが帰ってきたら聞けば良いだろ」


「……疑わないの。ミディは方向音痴なの。だから、ゼノンがお部屋まで案内するの。ミディが慣れるまでは、ゼノンがミディをリビングまで……ミディが行きたい場所まで連れて行くの」


 ミディリシェルは、そう言って、ゼノンに部屋まで案内してもらった。


 案内してもらいながら、道を覚えようとしたが、廊下と扉としか認識できず。覚えるのに失敗した。

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