今回の件の報告のため、ルーツエングの部屋を訪れた。
「言われた通りやっといたよ」
「助かる」
「後の事は頼んだから」
「……後でギュー兄様に頼んでおく。心配する必要はないと思うが、怪我はないか?」
「うん。いまだに僕の事をほんとの弟のように扱ってくれるんだね」
フォルは、ルーツエングと血の繋がりはない。養子として迎え入れられて、本家の子息として役割を果たしている。
「当然だろう。本当の兄弟でなかったとしても、養子として迎え入れられた日からずっと兄弟だと思っている」
「……うん。ありがと」
――ごめん。僕にはそんなふうに想われるのは重みでしかないんだ。それに、もうすぐ、兄弟の縁を切らないといけなくなる。
フォルは誰にも言えない秘密を抱えている。それは、兄弟の縁を切らなければならないような秘密。それだけではない。もう、二度と兄弟だけでなく、エクリシェにいる住民にすら会う事ができなくなる。
「そういえば、調合免許の更新手続きの紙は用意できているか?そろそろ締め切りになる」
「うん。これ。あの子らの分もあるからいつも通りお願いできる?」
記憶のないミディリシェルとゼノンの分もフォルが代わりに手続きをしている。
ルーツエングに渡せば、書類を書くだけで、フォルが何かする事はない。
「じゃあ、僕はあの子のとこ行くから」
「フォル、あの子が起きた後、リビングに来て欲しい。あの子の歓迎会を開こうと思う。今、ルー達が準備をしている」
「分かった。あの子と一緒に行かせてもらうよ」
フォルは、ルーツエングの部屋を出て、ミディリシェルに会いに向かった。
**********
「みゅにゃん?ふにゅふにゅ?ゼノンがねむねむさん……フォルいない。ゼノンねむねむさん……ゼノンがねむねむさんなの⁉︎」
ミディリシェルは、目が覚めると、ベッドの上にいる。何があったのか分からず、とりあえず周囲を見回した。
ミディリシェルの隣でゼノンが眠っている。それ以外に変わった事はない。
「……じぃー……いたずら?いたずらすれば良いの?いたずらして欲しいの?」
ミディリシェルは、眠っているゼノンをじっと見つめる。その寝顔は、ミディリシェルのいたずら心を唆らせるものだ。
ミディリシェルは、ゼノンの頬を突く。
「ん?……ミディ……ミディ?……悪い!面倒見るつもりが寝てた」
「みゅ。可愛かったの。らぶなの。ぎゅぅする」
ミディリシェルは、寝起きのゼノンに抱きついた。
「……綺麗だな。触って良いか?」
「みゅ?ふにゅ。良いの。ゼノンなら触って良いの」
ゼノンが、ミディリシェルの髪を触る。
「……ミディ、いつもどういうケアしてんだ?こんなに綺麗な髪が勿体無い」
「ふみゅ?お水で洗うだけなの」
「今日から俺が面倒見る。綺麗な髪がより一層綺麗になるようにする。こうして見ると肌も荒れる。そっちの面倒にねぇとだな」
今までまともにケアしてこなかったからだろう。肌も髪もかなり荒ている。
ゼノンがミディリシェルの髪に白いドロドロとした液体を塗る。
「みゅにゃ⁉︎怪しい薬なの⁉︎ミディ溶かされちゃうの!」
「……お前さ、どう考えればそうなったんだ?溶けねぇからな?溶けるなんてねぇからな?普通に髪を綺麗にするために使うやつだ」
ゼノンが呆れた表情でそう言った。ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませる。
ゼノンがミディリシェルを無視して、髪のケアを行う。
ミディリシェルは、「ぷみゅぷみゅ(文句のつもり)」と不機嫌に言っている。
「ごめん。遅くなった」
「夕食はアゼグにぃ達が作ってくれるって言ってた。フォル、ミディに使える洗顔料とかってあるのか?」
「うん。ミディ、魔法具取っていて大丈夫?いやじゃない?」
フォルが部屋に戻ってきた。ミディリシェルは、抱きつきに行きたいが、ゼノンの邪魔はしない。大人しく座っている。
「みゅ。大丈夫なの。ちょっと怖いけど、でも、これがミディだから。自分を偽るのはもうやなの」
「……君はほんと可愛くて強いね。ゼノン、これも使いなよ。艶が出てミディの髪がより一層映えるよ」
「ああ。使うか」
薄ピンク色のクリームをゼノンとフォルが楽しそうにミディリシェルの髪に塗る。
ミディリシェルは、髪を好き勝手にされているのに、不服申し立てたいが、ゼノンとフォル相手には特別という事で、好き勝手にさせた。
「これで少しは綺麗になった。今日の主役なんだから、綺麗におめかししないと」
「しゅやく?」
「うん。今から君の歓迎会開くんだ」
「寒気異界?なんなのそれ?」
ミディリシェルは歓迎会など知らない。
――寒い気候の異世界に……ふみゃ⁉︎ミディ、異世界に飛ばされちゃうの⁉︎
ミディリシェルは、驚いたと言わんばかりのポーズをとる。
「あっ、でもその前に」
ゼノンとフォルが、ミディリシェルの目の前に移動する。
ゼノンが右手を、フォルが左手をミディリシェルに差し出した。
「おかえり、僕のミディ。僕がなんにも見返りを求めない、無条件の愛を君にあげる」
「おかえり、俺のミディ。ミディが欲しいなら、俺が愛情をたっぷりと注いでやる」
ゼノンとフォルがそう言って笑顔を見せた。
ぽろぽろと溢れる涙が止まらない。ミディリシェルは、泣きながら二人の手を取った。
「ただいま」
他にも色々と言いたい事はあった気がする。お礼とか言いたかった。だが、その言葉以外出てこなかった。
「ふぁぁぁ。ねむねむさん。なんだかとってもねむねむさん」
「寝て良いよ。歓迎会をずらせば良いだけだから」
「でも」
「何も気にしないで良いよ」
「……みゅ」
ミディリシェルは、抗えない眠気に負け、寝転んで瞼を閉じた。
**********
水の上。ミディリシェルは、一人で立っていた。
――みゅ?
「良かった。きっかけはちゃんと掴めたみたいで。これで、他のジェルド達も貴方の存在に気づく。どんな未来になったとしても、貴方とジェルドは引き離せない。引き離しちゃだめだから」
「だれ?」
「覚えてない?前にも話したけど。それもそうだよね。貴方に取ってこれは忘れる夢だから」
夢と言われ、以前にも同じような夢を見たという事だけは思い出せた。ミディリシェルは、以前から何度か同じような夢を見ている。
その度に忘れている。
「今回は、貴方にとって初めての事になる。今まで無かった事が今回起きる。貴方がエクリシェへいる……あの二人と一緒にいるきっかけを拒否すればならなかったけど、きっと後悔はしないと思う」
「……しないの。絶対にしないの……ねぇ、どうしてこんな事を教えるためだけに会ってくれるの?」
「こんな事じゃないよ。わたしは、貴方の成長を見たい。そのためにこうして会いに来るの。でも、ごめんね。今回が最後になる。貴方がジェルドと関わるきっかけができるまで導く。それが、わたしの役割だから」
「……そう、だったんだ。ありがと。また会える時は、
夢の中だからだろうか。あってはならない記憶の中の名を口にする。
まるで、記憶があるかのように装う。
「うん。いつか、また会った日には、*姫としての******を見れる事を期待してる。どれだけ時間がかかっても、みんなが、世界を滅ぼさずに済む未来が来る事を願って、この場所で見守ってる」
「滅ぼさないよ。
真っ直ぐと、覚悟の宿った瞳で、ミディリシェルは、霧で隠れている少女にそう言った。
「うん。やっぱり、******は、みんなが憧れるだけあるよ。最後に、*姫らしいところを見せてくれてありがとう……ううん。最後なんかじゃないよね。また会う事ができるんだから。長い時間会えなくなる前にに変えるね」
「みゅ」
**********
「……みゅにゃ?」
「意外と短い。ミディ、寝起きでリビング行ける?」
「みゅ。行けるの」
「でもその前に」
ミディリシェルは、起きると、ゼノンとフォルに着替えをさせられた。
――……ふみゅ?良く分かんないの。でも、なんだか懐かしいの。
夢で見た内容は全て忘れている。だが、懐かしさだけはあった。
「これでよし。可愛いよ、僕のお姫様」
「服俺が選んだから俺がそれ言うべきだ」
「……みゅにゃ?ゼノンが……匂いしないの」
「着てねぇからな。つぅか、この前の服も綺麗に洗ってんだから匂いする方がおかしいんだよ」
「ゼノン、そんな事言ってないでリビング行くよ。みんな待ってるから」
「そうだな。ミディ、一緒に行こう」
「ふみゅ」
ミディリシェルは、ゼノンとフォルと一緒に、寒気異界が行われるリビングまで向かった。
初めての歓迎会。ミディリシェルは、どんな事が行われるかと、わくわくしていた。