ゼノンが持ってきてくれた絵本を読んでいるミディリシェルだが、文字が読めず、絵だけでは内容が理解できない。
だが、ミディリシェルは、それはそれで楽しんでいた。
絵だけで内容を予想して物語を作る。そんな楽しみ方を見つけていた。
「この絵は……真っ白いふかふか……雲にも見えるの。ふわふわのお菓子な気するの。きっと、ふかぁ大陸なの。主人公の女の子はふかぁ大陸へ迷い込んだの」
「ふわふわな場所で寝る夢を見るってだけだ」
「むにゅぅ」
部屋を出ていたゼノンが戻ってきた。
「相変わらずとんでも想像力だな」
「相変わらず?」
「……なんでそう言ったんだ?」
「不思議なの。転生前の記憶なんてないのに、感情だけは、あるみたいに溢れてくるの。それが不思議で、とってもきらきらしてる」
ミディリシェルの理解できない感情。それは全て、転生前のあるはずのない記憶が見せる感情。記憶がなくとも、覚えている事はあるのだろう。
「ミディ、きっと、ゼノンとフォルが大好きだったと思うの。だから、こんなにきらきらしてる。ふわふわしてる。ねぇ、二人といたらもっときらきらふわふわが見れるのかな?」
「見れる……じゃねぇな。見せてやる。お前に、ここが良かったって思えるほどの、きらきらとふわふわを見せてやる」
ゼノンが、そう言って笑顔を見せた。
「うん」
「ゼノンもいたんだ。丁度良かった。服を見て欲しいんだ」
「おかえり、待ってたの。寂しかったの」
フォルが部屋に戻ってきて、ミディリシェルは、本を机に置いた。
「……俺堅苦しいのきらい」
「そう言わないで。こういう格好する場所なんだから」
「……分かった」
「ついでにミディにはこれ。今日の夕方からだから早く準備するよ」
ミディリシェルの婚約発表。それが今日だ。
ミディリシェルは、今それを思い出した。
「ミディ、君はいてくれるだけで良いから」
「……しゃ……みゅ」
行くからにはフォルの役に立ちたい。何もせずにいるのは嫌だ。
ミディリシェルは、ドレスを着ながら、できる事はないかと考えた。
**********
婚約発表の時間が迫る。ミディリシェル達は、転移魔法でリブイン王国へ来ている。
フォルが支度があるからと、今はゼノンと二人っきり。
「お待たせ」
「ふにゅ。これが管理者の制服?」
――白いお洋服の上に、紺色のお洋服……なんだか、懐かしいの。
「うん。もう二度と袖を通さないと思っていたけど、今回と次の仕事だけはこれを着ようと思ったんだ。と言っても、今回は上にケープ着るから、見えないけどね」
フォルがそう言って、深緑のケープを着た。
「みゅ?お顔見せて良いの?」
「うん。別に隠さないとなんて義務ないから。ゼノン、ここからは別行動だ。何かあった時は合図する。その時は頼らせてもらうよ」
「ああ。ミディ、少し離れたところだが、いるから」
「みゅ。いてくれるの」
ゼノンが、会場へ入った。
「ミディ、僕にエスコートさせてくれる?」
「ふにゅ。くれるの」
「ありがと。それじゃあ、入ろうか」
ミディリシェルは、フォルにエスコートしてもらい、会場へ入った。
**********
煌びやかな場所。この場所だけでそれだけの金がかかっているのか。ミディリシェルが、この会場に入って一番最初に抱いた感想だ。
この煌びやかな会場に赴く今日のために準備したのであろう、華やかな衣装に身を包む貴族達。
今までのミディリシェルとは縁のない世界だ。
その中央には、一際目立つ男女が一組。
「ようやくきたか。ミディリシェル・エレノーズ・エンシェルト。キサマとの婚約を破棄する!」
会場に響き渡る声。その瞬間、会場内の注目は、ミディリシェル達に集まった。
「なぜ?という顔をして、白々しいぞ!キサマは、このクィーチュに嫌がらさをし、暗殺者まで送り込んだ!しらばっくれても無駄だ!証拠は揃っているんだ!」
ミディリシェルは、会場内が高そうだなと見ていただけだ。そう叫ぶ男の事は気にしてすらいなかった。
――なんだろう。台本でも見ているみたいなの。
まるで今日、この場所で婚約破棄をするために、事前に台本でも用意してあるのかと思えるような発言。
ミディリシェルはそれに疑問を抱いた。
だが、その疑問を考える必要はない。ミディリシェルにはもう関係のない人物になるのだから。
――でも、何もしないのはやなの。外しちゃだめって言われていた気がして、今まで外さなかったけど、もう良いの。
ミディリシェルは、髪飾り型の特殊な魔法具で姿を変えている。今の姿は、腰までの金髪に青色の瞳。若干大人びた顔立ち。
その髪飾りを取ると、ピンクと青のグラデーションの足首より少し上の長い髪に瞳。幼さを残す、可愛らしい顔立ち。
それが、ミディリシェルの本来の姿だ。
「ミディはずっと本の復元をさせられてたんだから、そんな事できるはずないの。でも、婚約破棄は喜んで受け入れてあげる。この国の終わりと一緒に」
ミディリシェルは、そう言って笑みを浮かべた。
「この国の終わりだと!ふざけるのも大概にしろ!この国は未来永劫続いていくんだ!」
「ふざけるのも大概にしろ?それはこっちの台詞なの。礼を忘れ、欲を満たすだけになって、そんな国のために、神獣さんはこの国を……リブス王国を救ったわけない。この国の現状を見て、その神獣さんがお許しになられると思っているの?」
ミディリシェルは、その救国の神獣についても、目星はついている。だからこそ、その言葉が自然と出てきたのだろう。
――不思議なの。ミディ、演技とか苦手なのに。記憶にない誰かの真似はこんなにできるなんて。
なんの感情も出ていない目で、婚約者であろう男を見る。
「その国名を出すな!」
婚約者であろう男の隣にいた女がそう叫ぶと、真っ黒い霧が周囲を覆う。
――これって、本で見た事あるの。禁呪って
「感謝するよ。これで証拠の手間が省けた」
「みゃ⁉︎」
ミディリシェルは、フォルに抱き寄せられた。
真っ黒い霧は、ミディリシェル達の方には来ない。まるで、何かに守られているかのように。ゼノンの方を見ると、ゼノンだけは無事なようだ。
「くらくらする」
「魔力を吸収しすぎたんだ。後で放出してあげるから少し待ってて」
「みゅ」
ミディリシェルは、フォルに支えられ、やっと立っていられる。気分も悪く、吐き気がする。
「……少し眠ってな」
「……みゅ」
**********
ミディリシェルを睡眠魔法で眠らせたフォルは、大事にミディリシェルをお姫様抱っこする。
「禁呪の使用他、数々の違法行為により、リブイン王国貴族の処罰を言い渡す」
ただの言葉ではない。その言葉には魔法を使っている。
会場内の貴族達が、真っ白い息を吐く。
「全財産の没収、貴族身分剥奪、それと、リブイン王国の玉座返却。それが処罰内容だ」
会場内に悲鳴が響き渡る。それもそうだろう。言葉の中に幻覚魔法を込めていた。その幻覚魔法で、手足が消えたように見せている。
痛みがなく、幻覚だと気づきやすいものだが、目の前ではっきりと見える、本来痛みなどなくともあるように錯覚させるようにしている。その状態で厳格だと見破れないのだろう。
「……でよ……なんで、このブス女じゃなくて、私がこんな仕打ちを受けなければならないのよ!私はヒロインよ!こんな仕打ちを受けるべきなのは、私じゃなくてそこのブス女よ!」
「この子は何もしてないんだ。というか、この子の外見を見て良くそんな事言える。クィーチュ・マビュ・クゥルウィー。エクランダの元貴族だったか。なら、淵帝が気に入った姫の噂くらい耳にしているんじゃないのか?」
「だったら何よ!淵帝のお気に入りは私がなるはずだったのよ!それを奪って、ヒロインの私をこんな目に合わせて、絶対に許さない!私はヒロインなんだから淵帝の怒りなんて怖くないわ!淵帝も、このブス女に騙されてるだけよ!このブス女がいなくなれば淵帝は私に感謝するわ!」
「……話すのは時間の無駄だな。ゼノン、用は済んだから帰る」
フォルが呼ぶと、ゼノンが駆け寄ってきた。
「この後始末どうすんだよ。流石にほっとくのはまずいだろ」
「生かしておかないと意味はないからちゃんと調整はしてある。主様の使いが来るまでほっといて良い」
「待ちなさいよ!そのブス女は、ずっと管理者様の保管する書物を勝手に見てたのよ!ヒロインの私じゃなくてそのブス女こそ、処罰の対象よ!」
「……エレ、今から帰るから」
フォルは、ミディリシェルに愛おしそうな目を向ける。
「……俺にもミディを抱っこ」
「これ僕の持ち物だから」
ぐっすり眠っているミディリシェルをゼノンに渡さない。ゼノンが、ふて腐るが無視して転移魔法を使った。
**********
エクリシェへ帰ると、ミディリシェルをベッドで寝かせる。
「みゅぅーみゅぅー」
「……可愛い」
「ゼノン、暇なら、夕食当番変わってくれない?僕報告あるから。早く終われば交代するよ」
「ああ。ミディのは薄めのスープで良いんだよな?」
「うん。ついでにパンと甘さ抑えめのデザートでも作っといて。今日はご褒美って事で」
フォルは、そう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。
「やっと帰ってきてくれたね。僕の可愛いお姫様」
「みゅぅ」
――君の望み通り、リブス王国は守ったよ。