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第5話 リブス王国


 ゼノンが持ってきてくれた絵本を読んでいるミディリシェルだが、文字が読めず、絵だけでは内容が理解できない。


 だが、ミディリシェルは、それはそれで楽しんでいた。


 絵だけで内容を予想して物語を作る。そんな楽しみ方を見つけていた。


「この絵は……真っ白いふかふか……雲にも見えるの。ふわふわのお菓子な気するの。きっと、ふかぁ大陸なの。主人公の女の子はふかぁ大陸へ迷い込んだの」


「ふわふわな場所で寝る夢を見るってだけだ」


「むにゅぅ」


 部屋を出ていたゼノンが戻ってきた。


「相変わらずとんでも想像力だな」


「相変わらず?」


「……なんでそう言ったんだ?」


「不思議なの。転生前の記憶なんてないのに、感情だけは、あるみたいに溢れてくるの。それが不思議で、とってもきらきらしてる」


 ミディリシェルの理解できない感情。それは全て、転生前のあるはずのない記憶が見せる感情。記憶がなくとも、覚えている事はあるのだろう。


「ミディ、きっと、ゼノンとフォルが大好きだったと思うの。だから、こんなにきらきらしてる。ふわふわしてる。ねぇ、二人といたらもっときらきらふわふわが見れるのかな?」


「見れる……じゃねぇな。見せてやる。お前に、ここが良かったって思えるほどの、きらきらとふわふわを見せてやる」


 ゼノンが、そう言って笑顔を見せた。


「うん」


「ゼノンもいたんだ。丁度良かった。服を見て欲しいんだ」


「おかえり、待ってたの。寂しかったの」


 フォルが部屋に戻ってきて、ミディリシェルは、本を机に置いた。


「……俺堅苦しいのきらい」


「そう言わないで。こういう格好する場所なんだから」


「……分かった」


「ついでにミディにはこれ。今日の夕方からだから早く準備するよ」


 ミディリシェルの婚約発表。それが今日だ。


 ミディリシェルは、今それを思い出した。


「ミディ、君はいてくれるだけで良いから」


「……しゃ……みゅ」


 行くからにはフォルの役に立ちたい。何もせずにいるのは嫌だ。


 ミディリシェルは、ドレスを着ながら、できる事はないかと考えた。


      **********


 婚約発表の時間が迫る。ミディリシェル達は、転移魔法でリブイン王国へ来ている。


 フォルが支度があるからと、今はゼノンと二人っきり。


「お待たせ」


「ふにゅ。これが管理者の制服?」


 ――白いお洋服の上に、紺色のお洋服……なんだか、懐かしいの。


「うん。もう二度と袖を通さないと思っていたけど、今回と次の仕事だけはこれを着ようと思ったんだ。と言っても、今回は上にケープ着るから、見えないけどね」


 フォルがそう言って、深緑のケープを着た。


「みゅ?お顔見せて良いの?」


「うん。別に隠さないとなんて義務ないから。ゼノン、ここからは別行動だ。何かあった時は合図する。その時は頼らせてもらうよ」


「ああ。ミディ、少し離れたところだが、いるから」


「みゅ。いてくれるの」


 ゼノンが、会場へ入った。


「ミディ、僕にエスコートさせてくれる?」


「ふにゅ。くれるの」


「ありがと。それじゃあ、入ろうか」


 ミディリシェルは、フォルにエスコートしてもらい、会場へ入った。


      **********


 煌びやかな場所。この場所だけでそれだけの金がかかっているのか。ミディリシェルが、この会場に入って一番最初に抱いた感想だ。


 この煌びやかな会場に赴く今日のために準備したのであろう、華やかな衣装に身を包む貴族達。


 今までのミディリシェルとは縁のない世界だ。


 その中央には、一際目立つ男女が一組。


「ようやくきたか。ミディリシェル・エレノーズ・エンシェルト。キサマとの婚約を破棄する!」


 会場に響き渡る声。その瞬間、会場内の注目は、ミディリシェル達に集まった。


「なぜ?という顔をして、白々しいぞ!キサマは、このクィーチュに嫌がらさをし、暗殺者まで送り込んだ!しらばっくれても無駄だ!証拠は揃っているんだ!」


 ミディリシェルは、会場内が高そうだなと見ていただけだ。そう叫ぶ男の事は気にしてすらいなかった。


 ――なんだろう。台本でも見ているみたいなの。


 まるで今日、この場所で婚約破棄をするために、事前に台本でも用意してあるのかと思えるような発言。


 ミディリシェルはそれに疑問を抱いた。


 だが、その疑問を考える必要はない。ミディリシェルにはもう関係のない人物になるのだから。


 ――でも、何もしないのはやなの。外しちゃだめって言われていた気がして、今まで外さなかったけど、もう良いの。


 ミディリシェルは、髪飾り型の特殊な魔法具で姿を変えている。今の姿は、腰までの金髪に青色の瞳。若干大人びた顔立ち。


 その髪飾りを取ると、ピンクと青のグラデーションの足首より少し上の長い髪に瞳。幼さを残す、可愛らしい顔立ち。


 それが、ミディリシェルの本来の姿だ。


「ミディはずっと本の復元をさせられてたんだから、そんな事できるはずないの。でも、婚約破棄は喜んで受け入れてあげる。この国の終わりと一緒に」


 ミディリシェルは、そう言って笑みを浮かべた。


「この国の終わりだと!ふざけるのも大概にしろ!この国は未来永劫続いていくんだ!」


「ふざけるのも大概にしろ?それはこっちの台詞なの。礼を忘れ、欲を満たすだけになって、そんな国のために、神獣さんはこの国を……リブス王国を救ったわけない。この国の現状を見て、その神獣さんがお許しになられると思っているの?」


 ミディリシェルは、その救国の神獣についても、目星はついている。だからこそ、その言葉が自然と出てきたのだろう。


 ――不思議なの。ミディ、演技とか苦手なのに。記憶にない誰かの真似はこんなにできるなんて。


 なんの感情も出ていない目で、婚約者であろう男を見る。


「その国名を出すな!」


 婚約者であろう男の隣にいた女がそう叫ぶと、真っ黒い霧が周囲を覆う。


 ――これって、本で見た事あるの。禁呪って


「感謝するよ。これで証拠の手間が省けた」


「みゃ⁉︎」


 ミディリシェルは、フォルに抱き寄せられた。


 真っ黒い霧は、ミディリシェル達の方には来ない。まるで、何かに守られているかのように。ゼノンの方を見ると、ゼノンだけは無事なようだ。


「くらくらする」


「魔力を吸収しすぎたんだ。後で放出してあげるから少し待ってて」


「みゅ」


 ミディリシェルは、フォルに支えられ、やっと立っていられる。気分も悪く、吐き気がする。


「……少し眠ってな」


「……みゅ」


      **********


 ミディリシェルを睡眠魔法で眠らせたフォルは、大事にミディリシェルをお姫様抱っこする。


「禁呪の使用他、数々の違法行為により、リブイン王国貴族の処罰を言い渡す」


 ただの言葉ではない。その言葉には魔法を使っている。


 会場内の貴族達が、真っ白い息を吐く。


「全財産の没収、貴族身分剥奪、それと、リブイン王国の玉座返却。それが処罰内容だ」


 会場内に悲鳴が響き渡る。それもそうだろう。言葉の中に幻覚魔法を込めていた。その幻覚魔法で、手足が消えたように見せている。

 痛みがなく、幻覚だと気づきやすいものだが、目の前ではっきりと見える、本来痛みなどなくともあるように錯覚させるようにしている。その状態で厳格だと見破れないのだろう。


「……でよ……なんで、このブス女じゃなくて、私がこんな仕打ちを受けなければならないのよ!私はヒロインよ!こんな仕打ちを受けるべきなのは、私じゃなくてそこのブス女よ!」


「この子は何もしてないんだ。というか、この子の外見を見て良くそんな事言える。クィーチュ・マビュ・クゥルウィー。エクランダの元貴族だったか。なら、淵帝が気に入った姫の噂くらい耳にしているんじゃないのか?」


「だったら何よ!淵帝のお気に入りは私がなるはずだったのよ!それを奪って、ヒロインの私をこんな目に合わせて、絶対に許さない!私はヒロインなんだから淵帝の怒りなんて怖くないわ!淵帝も、このブス女に騙されてるだけよ!このブス女がいなくなれば淵帝は私に感謝するわ!」


「……話すのは時間の無駄だな。ゼノン、用は済んだから帰る」


 フォルが呼ぶと、ゼノンが駆け寄ってきた。


「この後始末どうすんだよ。流石にほっとくのはまずいだろ」


「生かしておかないと意味はないからちゃんと調整はしてある。主様の使いが来るまでほっといて良い」


「待ちなさいよ!そのブス女は、ずっと管理者様の保管する書物を勝手に見てたのよ!ヒロインの私じゃなくてそのブス女こそ、処罰の対象よ!」


「……エレ、今から帰るから」


 フォルは、ミディリシェルに愛おしそうな目を向ける。


「……俺にもミディを抱っこ」


「これ僕の持ち物だから」


 ぐっすり眠っているミディリシェルをゼノンに渡さない。ゼノンが、ふて腐るが無視して転移魔法を使った。


      **********


 エクリシェへ帰ると、ミディリシェルをベッドで寝かせる。


「みゅぅーみゅぅー」


「……可愛い」


「ゼノン、暇なら、夕食当番変わってくれない?僕報告あるから。早く終われば交代するよ」


「ああ。ミディのは薄めのスープで良いんだよな?」


「うん。ついでにパンと甘さ抑えめのデザートでも作っといて。今日はご褒美って事で」


 フォルは、そう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。


「やっと帰ってきてくれたね。僕の可愛いお姫様」


「みゅぅ」


 ――君の望み通り、リブス王国は守ったよ。

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