夜、ミディリシェルは、一人で部屋にいた。
『服はクローゼットに入ってるから自由に使って』
フォルがそう言って仕事をしに行った。
ミディリシェルは、ベッドの上から立ち上がり、服を脱いで、クローゼットを開けた。
クローゼットの中には大量の衣類が入っている。全てミディリシェルのために用意してくれたのだろう。
――むにゅ。嬉しいの。
ミディリシェルは、適当に一つ服を手に取った。
「……おおきぃ。サイズ合わないの……裸で過ごせば良いのかな?」
ミディリシェルが悩んでいると、ゼノンが夕食を持って部屋を訪れた。
「……なぁ、隠せよ」
「ミディはこのくらい恥ずかしくないの。それに、お洋服がサイズ合わなくて、裸で過ごすのかなって考えてたの」
「合わない?リミュねぇに選んでもらったけど、サイズ間違えたな。悪い、すぐに代わりに服を持ってくる」
ゼノンが夕食を机に置いて部屋を出た。
ミディリシェルは、ゼノンに気を使い、布団をぐるぐると身体に巻いて待った。
「ミディ、やっと終わったー」
「みゅ。おかえりなの。今日もお疲れ様なの」
「うん。ただいま」
ミディリシェルが布団を巻き終えると、フォルが仕事を終えて部屋を訪れた。
ミディリシェルは、手を出してフォルの頭を撫でる。
「寒い?」
「ゼノンがうる……こうしろって言うから」
「今うるさいって言おうとしたよね?」
「みゅ。服のサイズ合わないからってミディが裸でいたら隠せって言われたの」
「うん。それは言われる。それで、これを残してゼノンがいないと……ミディ、あーん」
フォルがミディリシェルにスープを飲ませてくれる。
「みゅ。今日も美味しいの」
「ありがと。君は今日も可愛い。ところでさ、気になってる事があるんだけど」
「みゅ?」
「監禁されていた割に色々と知ってる理由って教えてくれるのかな?」
「……みゅにゃ⁉︎」
ミディリシェルは、挙動不審になる。
しばらくして、目の前の枕を持っては落とすを繰り返す。
ミディリシェルは、瞳に涙を溜めてフォルを見る。
「言いたくないなら言って。無理に聞こうとしてるわけじゃないから」
「……みゅぅ。みんなが危険な事ならないようにしてくれる?」
「うん」
「みゅ。ミディ、精霊さんと仲良しなの。生まれたてでまだ自我を持たない精霊さんに自我を与えられるの。それで仲良くなって、お外のじょぉほぉを教えてくれるの」
自我を持ち始めたばかりの精霊に身を守る術などない。幸いな事に、自我を持ち始めたばかりであれば、魔法でも使わない限り見つける事はできない。
ミディリシェルは、そんな精霊達を守るために秘密にしていた。
ミディリシェルがこれを言いさえしなければ、わざわざ魔法を使ってまでいるかどうかも分からない精霊を捕まえようと思う人はいないだろうと。ずっと、その秘密を守ってきた。
だが、フォルを信じて、その秘密を話した。
「すごいね。記憶がないのにそこまでできるなんて」
「ミディ、できるけど何か知らないの。フォルは知ってるの?」
「うん。知ってる。それに、僕もおんなじ事できるんだ。生命魔法。三人しか使えない魔法だ」
三人。その一人はミディリシェルなのだろう。もう一人は、同じ事ができるフォル。それ以外にあと一人だけ。
生命魔法というものの貴重性は、ミディリシェルでも理解できた。
「みゅぅ。バレないようにするの。ついでに、最後の一人って」
「ルシア。ミディ、覚えといて、僕ら以外生命魔法を使う事なんてできないんだ。もし、他の誰かが使っていてもそれは紛い物。本物じゃない。だから、おんなじ魔法使えるんだとか思って話しちゃだめだよ?」
「みゅ。お話しないの。黙ってるの……ほめ?」
「うん」
フォルがミディリシェルの頭を撫でる。ミディリシェルは、「ふにゅふにゅ」と声を出して喜んだ。
「……むすぅ」
「みゅ。ゼノンが可愛くなってる?」
「これ俺のミディ。フォルの違う」
ゼノンが服を持って部屋に戻ってきた。なぜか、むすっとして機嫌が悪いようだ。
ミディリシェルがその理由を考えていると、フォルに抱き寄せられた。
「ミディ、僕とゼノンどっちが好き?」
「りょぉほぉ」
「……ミディにはまだ早かったかも。それより、ゼノン、服着させてあげないと」
「そうだな」
「みゅ」
ミディリシェルは、ゼノンから服を受け取った。
その服を一人で着ようとする。
「みゅ?おかしいの。なんだかおかしいの。違う気がする」
「そうだな。ボタン全部ズレてる。つぅか、なんで余ってねぇんだ?ズレたらどこか余るだろ」
「みゅ?」
「……俺がやってやる」
ボタンを全て付け間違えたミディリシェルの代わりに、ゼノンがボタンを正しい場所につけた。
「ふにゅ。自然なの。ありがと……」
見るからに男物の服。まるで数年前のゼノンが着ていそうな。
ミディリシェルは、そこまで考えて、両手を顔に近づけた。
「(くんくん)……みゅにゃ⁉︎こ、これは⁉︎お気に入りリストに登録なの。ミディにも選ぶ権利があるんなら、お気に入りリストに入る相手が良いの。国王さんやなの」
「匂い嗅ぐな」
今までは、好きな相手に愛されるという選択肢が自分にあるとは考えられなかった。だが、ここに来て二日。ミディリシェルは、それを考えられるようになった。
「……ミディ、僕もー」
「意外だな。前はそんなの興味なさそうだったが……俺がここに来たすぐくらいまではこうだったか」
「……なんの事?気のせいだよ。それよりミディ、僕の匂い嗅いでー」
「みゅ」
自ら匂いを嗅いでもらいに近づくフォルに、ミディリシェルは、お望み通り匂いを嗅いだ。
「(くんくん)ふんみゃんみゅ⁉︎にゃ、にゃにゃにゃ⁉︎ミディの一番お気に入りに入れておくの」
「勝ったー」
「それで勝って嬉しいか?」
「ミディは僕の方が好きって言うから」
フォルが、ミディリシェルの匂いお気に入りランキング一位を手にして喜んでいる。
――可愛いの。でも……なんでだろう。この喜んでる姿が嘘なんじゃって思うのは……思うんじゃない。分かっているの。分かんないの。
フォルが喜んでいる姿を見て、ミディリシェルは、それが演技だと気づいた。だが、その理由は分からない。
その演技を見ていると、胸が締め付けられる理由も。
「そういえばミディって教育受けてないんじゃ、それ無しだと何も理解できない?」
それというのは、翻訳魔法の事だろう。ミディリシェルは、翻訳魔法を常に使っている。そうでなければ会話ができなかったからだ。会話する事など数えるほどしかないが、文字にも使えるため手紙とかを読むのに使っていた。
ここに来てからもそれは変わっていない。常に翻訳魔法を使っている。
「ミディ、ここでは翻訳魔法禁止。君の体質だと、いつまでも少しだけ魔力を放出していると余計に吸収するんだ。魔力は放出するとそれを補うためにより多く吸収しようとする。だから、安定するまでは、あんまり魔法を使って欲しくないんだ」
「……みゅ」
ミディリシェルは、翻訳魔法を解いた。
「ミディなの。みゃなの」
「これ、チティグ語か。ホヴィウ語は使えねぇって事で良いんだよな?」
「みゅ。なの。使えないの。分からなかった」
現在公用語とされるのがホヴィウ語。ミディリシェルが使うのは、今から数千年前に公用語であったチティグ語。現在では知っている人は少ないとミディリシェルの復元した本の中に書いてあった。
「ホヴィウ語の方もある程度は覚えてほしいんだけど……ゼノン、子供向けの絵本とかって持ってる?」
「前にゼムに押し付けられたから持ってる。今日は疲れてるだろうから、明日読んでみるか?持ってくるから」
「みゅ。読んでみるの」
ミディリシェルは、絵本を読んだ事がない。それもあり、ゼノンに絵本を持ってきてもらえるのが楽しみだ。
「語学もだけど、魔法学と調合学をどれだけ知っているかの確認したいかな。あと、ここの事をちゃんと説明しないといけないか」
「いっぱいなの。やる事多いの」
「うん。一気に全部やる必要はないよ。少しずつ、君の体調の方も考えて。それに、君がやりたい事を優先してあげたい」
「みゅ。ふぁぁぁ。今日はもうねむねむさんなの。おやす……ゼノンとフォルが隣で寝るの」
ミディリシェルは、ベッドの上で寝転んだ。ゼノンとフォルが隣の来るまでは、寝るのを我慢する。
「ゼノン、今日の当番のは終わってる?」
「ああ」
「じゃあ、寝よっか」
「そうだな。俺らが来ねぇと寝そうにねぇからな」
「うん」
「ふにゅ」
ゼノンの言葉に、ミディリシェルが元気よく同意した。
それを聞いたゼノンが、呆れた表情で、ミディリシェルの隣に来て頭を撫でた。
――みゅ?なんでだろう?今のとっても安心したの。分かんないの。ここにいると分かんないいっぱい。
「フォルも」
「うん。行くよ」
フォルがミディリシェルのゼノンとは反対側の隣に来る。
ミディリシェルは、それを確認してから、瞼を閉じた。
「ミディといると、なんだか、ずっとこうだったって思う」
「うん。そうだろうね。そう、だったから」
「……俺も今日は寝るか。おやすみ」
「うん。おやすみ」