何もない場所。そこにミディリシェルは立っていた。
周りに見えるのは、凍った世界、枯れた世界、どれもこれも全て人に住める世界ではない。
だが、どれも美しい。滅んでいるというのに、どれも目を奪われる美しさを持っている。むしろ、滅んでいるからこそ、美しいのだろうか。
――どこだろう。なんだか、懐かしいの。
ミディリシェルは、何もない場所を、ゆっくりと歩いた。
――海。初めてのはずだけど、見た事ある気がする。とてもきれいな場所なの。でも、なんだかとても寂しい。
ミディリシェルが、海の中に足を入れると、海がピンク色に光った。
『ごめんなさい。私、そんな事言うつもりじゃなかったのに……』
ミディリシェルの瓜二つの声が聞こえる。その声は泣いている。
なぜ泣いているのかは分からない。なぜ、その泣いている声を聞いているだけで、自分まで泣きそうになるのかも分からない。
ミディリシェルは、ただ、その声を聞いていた。
しばらく聞いていると、声は消えた。
「その子が気になる?その声が気になる?」
「だれ」
「わたしは、終焉の種ジェルドの一人。ここは、記憶の場所。滅んだ世界の記憶を保管する場所」
霧が濃く、その姿は見えないが、声だけは聞こえる。
「世界が減ってきている。そろそろ、本格的に全世界滅亡が起こる。その道を辿っている」
「……ミディにそんな事言われても関係ない」
「大ありだよ。世界の存続は……これ以上は、今は伏せていかないといけない。また、時が来たら話しましょう」
「……」
「ずっとここで見ているよ。ジェルドの王に愛される唯一姫」
霧が全てを隠す。
目を開けていられないほどの眩い光が溢れる。
**********
目を覚ますと、見知らぬベッドの上にいる。
発作が起きた後の事が思い出せない。
「おはよ」
「……しゃぁー!」
ミディリシェルは、縫いぐるみをぎゅっと抱きしめ、ゼノンとフォルに威嚇する。
「えっと、落ち着いて」
「しゃぁー!誘拐なの!お家帰して!」
ミディリシェルは、縫いぐるみを抱きしめたまま、部屋の入り口まで走った。
部屋の入り口で振り返り、ゼノンとフォルを睨む。
「お家帰して!今すぐ帰して!」
「熱が引いた途端これかよ」
「そうだとは思ってたけど、これで、あの警戒心のなさは熱のせいって判明したね」
「しゃぁー!ミディに近づくななの!」
ミディリシェルは、ゼノンとフォルが近づこうとすると、威嚇して近づかせないようにする。
「見知らぬ婚約者なら喜んで近づかせそうなのに」
「なんで、ミディに婚約者いるの知ってるの!ミディの事調べたの!ミディ、とってもしゃぁー!なの!」
「お前が言ったんだろ。婚約者と王様に金を貢いで愛されるんだって」
「しゃぁー!ミディがそんな事見ず知らずの他人に言うなんてありえないの!ミディのお金は、ミディを愛してくれる人のものなんだから!しゃぁー!」
ミディリシェルは、威嚇をやめない。それどころか、自分で言った覚えなどない事ばかり知っているゼノンに、威嚇が多くなる。
「僕は、ミディの事ずっと愛してるよ?何度転生しようと、ずっと変わらない。君が僕の全てだよ」
「……みゅ……嘘、かもなの……しゃぁ!」
「嘘なんかじゃないよ。何度諦めようとしても、それだけは変わらなかったんだ。諦めきれなかったんだ。それが許されなくても、君のためにならなくても、一緒にいるのをやめられなかったんだ」
そう言ったフォルは、悲しそうな表情を浮かべている。ミディリシェルには、それが嘘には思えない。
なぜだか、嘘だと思いたくない。
「……俺も、ずっと変わらない。
「ゼロ……」
「……って、なんでこんな事?エレって?」
「……ミディは……あの国で愛されるの。だから、他なんていらないの」
ゼノンとフォルが本当の事を言っていたとしても、ミディリシェルは、それを受け入れられない。受け入れようと思えない。
そうでなければ、今まで信じてきたものを全て捨てなければいけなくなるからだ。
「ミディ、お家帰して。ミディに優しくしないで。愛してるなんて言わないで。ほっといて」
「……お前が何を信じるかは何も言わない。けど、それを信じるために、全部の優しさを拒むのは違うんじゃねぇのか?それを今すぐにやめろとは言わねぇが、少しくらい受け入れてみたらどうだ?」
「うん。そうだね。その方が、生きやすいと思うよ?それに、分かるんじゃないかな?ほんとに自分が選びたいものが」
「ミディは……」
「無理にとは言わねぇよ。けど、どうしてなんだろうな?お前には、できれば後悔して欲しくねぇんだ。笑っていて欲しいんだ。ここにいる間だけでも、誘拐犯から、そう脅されてるからとでも思って、やってみてくれねぇか?なんて、お前のためを思ってみたいに言ってるが、単に俺のわがままだ」
そう言って、笑うゼノンを見て、ミディリシェルの瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「近づいて良いか?」
ミディリシェルが、こくりと頷くと、ゼノンが、ミディリシェルの側へ来て、右手で涙を拭った。
「少しだけで良いから、やってくれるか?」
「みゅ」
「みゅってどっちだ?」
「みゅはみゅなの。おかしなゼノン略して、おかしゼノンなの……ふにゅ?どうして、お名前知ってるの?」
発作が起きた後の事は覚えてなかったが、名前だけは覚えていたのだろう。ミディリシェルは、自然とゼノンの名前が口に出た。
「ゼロ、僕この後少し仕事あるから、この子の面倒見ておいてくれる?一応兄妹なんだから良いでしょ?」
「は?」
「みゅ?」
「言ってなかった?書面上は君らは兄妹だよ?ミディは養子だけど」
「聞いてねぇよ!」
「ごめんごめん。言い忘れてた。でも、そういう事だから後よろしくー」
フォルが、そう言って部屋を出た。
「……ゼノンはゼノンなの。おにぃちゃん違うの」
「ああ。それで良いよ。俺も妹とは思えねぇし。世話はするけど、妹扱いできるかは分かんねぇ」
「……お世話ってなぁに?復元した本を取りに来る事?……むじゅかしいの。優しいから、ミディも、しゃぁせず、いっぱいお話するの」
ミディリシェルは、優しさが何かというのを理解してはいない。そんな事を覚えられる環境ではなかった。
ミディリシェルにとっての優しさは、威嚇せず、なんでも話事ができるのが優しさだと思っている。
「そっからする必要があったか。ミディリシェル、自分も優しさを与えたいって思うなら、してもらって嬉しい事ってあるだろ?それからまずはやっていかねぇか?俺も付き合うから」
「みゅ。ミディはミディって呼んでもらえるの嬉しいの」
「そういうのとは……まあ、良いか。そういえば、起きたらこれを飲ませろって言われてたな」
ゼノンがそう言って、真緑の液体が入った瓶をミディリシェルに渡す。
「……これは?」
「魔力疾患の薬だって。フォルが用意したから、絶対にそうだとは言えねぇが、ミディは、魔力吸収量が多いから、身体が耐えられないんだ。それを抑える薬だと思う」
「これをくれるっていうのも優しさ?」
「そうだな。そして、その優しさを快く受け取るつぅのも大事だと思うんだ」
ミディリシェルは、ゼノンから、薬の入った瓶を受け取った。
そして、露骨に嫌な表情で、その瓶を口に近づけては戻すを繰り返す。
「……ミディ?」
「の、飲むの。それが、優しさを受け入れるって事なら。苦いのきらいでも、がんばるの」
「他に方法があるか聞いてみるか。それまでは保留っつぅ事で。にしても、兄妹だからなのか、味覚似てんだな。俺も苦いのきらいなんだ」
「ふにゅ。苦いの反対派なの。反対なの」
ミディリシェルは、そう言って、薬の入った瓶をゼノンに返した。
「……なんだか、こうして誰かとお話するのは楽しいの。こんなの、初めて」
ゼノンとこうして話しているだけで、心がぽかぽかと温かい。ミディリシェルが、初めて感じた感情。
ミディリシェルは、自然と笑顔になっていた。
「なんだか、不思議なの。ゼノンがずっと笑顔だから、ミディまで移っちゃった。不思議だけど、とてもぽかぽかで、ふんわりしてる。やじゃないって思うの」
「そうなんだな。それなら良かった。そうだ、薬は無理でも、スープは飲めるよな?フォルが作っていたから、味は保証する」
「……あーん」
ミディリシェルは、口を開けてゼノンをじっと見る。
ゼノンが、その姿を見て笑った後、ミディリシェルにスープを飲ませてくれた。
「雛鳥だな」
「……なんだかやなの。ミディは、雛じゃないの。おっきぃの」
「そういう意味じゃねぇだろ。やってる事が雛鳥なんだよ」
ミディリシェルは、スープを完食すると、ゼノンに隣に座ってもらった。
「……ねぇ、ミディ、婚約者さんと国王さんに愛されているんだよね?お金、いっぱい稼げば愛してくれるって言っていたの。でも、どれだけがんばっても、ずっと、会いに来てすらくれない。ゼノンみたいに、優しくしてくれない……みゅ⁉︎な、なんでもないの。スープ、美味しかった。ありがと」
優しくするゼノンに、ミディリシェルは、思わず不安を口に出してしまう。
「……今、それを俺が言って、お前が受け入れられるなんて思えない。それに、泣いてるところ見たくねぇんだ。だから、ごめん。何も答えられない」
「ううん。良いの。聞いてくれただけで嬉しい」
ミディリシェルは、笑顔を作ってそう言った。
ゼノンの右手が、ミディリシェルの頬に触れる。
「いちゃついてるとこ悪いんだけど、あんまり遅くならないうちに寝なよ。まだ身体の疲れは取れてないだろうから」
「みゅ。フォル、おかえりなさい……ぴゅぅ、はじゅかちいの」
「うん。ただいま。君におかえりって言われると、仕事の疲れも吹き飛ぶよ。元々疲れなんてないけど」
「みゅぅ?良く分かんないの」
仕事を終えて部屋に戻ってきたフォルが、ミディリシェルに縫いぐるみを渡す。
「いっぱいなの」
「好きでしょ?それと、明日、リビングまで一緒に来て欲しいんだ。良いかな?」
「ふにゅ。良く見るとこのお部屋、お高いものばかりなの。このベッドも……ベッドなんて初めてだけど、ふかぁって感じ。だから、きっとリビングもお高いの」
「ふふっ、相変わらず可愛い。君が僕に好意を持ってくれるなら、なんでも買ってあげるよ。なんてね。好意を持つとか関係なく欲しいものがあれば、いくらでも買ってあげる」
「……ふにゅ。ありがと」
ミディリシェルは、そう言って俯いた。
初めてだった。金以外の価値を知ったのは。全て金だけ。ミディリシェルの周りはそういう人物だけだった。
そんな中で出会った、何もなくても優しくしてくれる相手。そんな相手だったからこそ、期待していた分、落胆が大きかった。
「……ごめん。お金の話なんてして欲しくなかったかな?」
「なんで分かるの?」
「見てれば分かるよ。お金で買えないものは存在する。お金が全てじゃない。でも、好きな人には、いっぱい自分があげたものを身につけて欲しいって思うものだよ」
「……みゅ……ゼノンとフォルが、ミディががんばって貯めたお金で買ったブレスレットつける……みゅにゅ……それは、嬉しいの」
ミディリシェルは、フォルに言われて、自分が買う立場で想像してみた。
自分がゼノンとフォルにあげたブレスレットをつけて喜んでいる姿。その姿を想像すると、心が豊かになる感じがした。
「それとか、夢のための投資とかもあるよね。お金で買えないもののためにお金を使う。少なくても、僕はそうしたいかな。そのために、君にお金を使ってあげたいんだ。それじゃあだめかな?」
ミディリシェルは、ふるふると首を横に振った。
「それは、とってもふわふわなの。夢の投資は分からないけど、ミディ、ゼノンとフォルに自分が買ってプレゼントしたのを喜んで貰えたら、自分のために買ったもの以上に嬉しい。ありがと。お金で買えないものをいっぱい教えてくれて」
「うん。って、そんな話してないで早く寝て。発作の後なんだから、まだゆっくり休めないとだめだよ。今まで貯めていた分を一気に放出して、その疲れもあるだろうから」
ミディリシェルは、フォルに強制的に寝かせられた。もう少し起きていたかったが、瞼を閉じると、その疲れのせいか、すぐに眠りについた。
「素直で良い子だな」
「うん。昔からそういう子だから。素直で可愛くて、がんばろうとする子。おやすみ、僕の大事なお姫様」
「……なぁ、大丈夫なのか?かなり不安定だが」
「分からない。このまま安定していけば良いけど……」