目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

1話 星の居場所


 薄暗い静かな部屋の中、カシッカシッと、ペンが心地良い音を奏でる。


 ここはリブイン王国。人間の国だ。


 リブイン王国は、余すほどの金を持っている。


 その金を産むのは、一人の少女。かつては別の名で呼ばれていたが、現在はミディリシェルと呼ばれている。


 ミディリシェルは、王宮の一角で監禁されている。


「ふみゅ。ねむ」


 硬い椅子に座って、眠そうにしながら、本の復元を行う。


 この復元こそが、リブイン王国に財をもたらしている。それができるのは、リブイン王国ではミディリシェルただ一人。国によって、ミディリシェルは、金なる樹なのだろう。


「ぴゅにゅ。がんばったの」


 本日分の復元を終わらせたミディリシェルは、疲れた身体を伸ばし、一休みしてから席を立った。


「……足の踏み場ない」


 狭い割に本が多く、床がほとんど見えない。


 ミディリシェルは、本を踏まないように気をつけながら、硬いソファまで移動した。


「ふにゅぅ、おやすみ」


 この部屋にはベッドがない。ミディリシェルの寝場所は、この硬いソファの上だ。


 ミディリシェルは、硬いソファの上に寝転び、瞼を閉じた。


 そして、ミディリシェルの一日が終了する。


      **********


 今日も朝起きてから、本の復元作業、といきたいところだが、今日は違う。


 今日は、三日に一度の散歩の日。


 決められた場所以外は行けないが、それでも、ミディリシェルの一番の楽しみだ。


「いってきます」


 ミディリシェルは、そっと扉を開け、部屋を出た。


 部屋を出ると続いている長い廊下には、人がいない。

 ミディリシェルの部屋もそうだが、この廊下をミディリシェル以外の誰かが通るのは珍しい事だ。いないのが当たり前になっている。


 ミディリシェルは、一人で長い廊下を抜け、外への扉へ辿り着いた。


      **********


 ミディリシェル専用の散歩道。道の脇には花壇がある。その花壇には、綺麗に咲く花々。人の手入れはされていない。


 その花も枯れていない。それは、本来であればありえない事だ。


「ふにゅ。今日もきれいなの」


 ここに咲く花の中には、人の手入れが必須だったり、特殊な環境以外は育たないだったり、咲いているのがありえない花がある。


「本当にきれい。それにみんな元気」


 ミディリシェルは、ここの花が咲くはずないと知ってはいるが、その理由を考えないようにしている。


「けほっ、けほっ」


 突然咳き込んだミディリシェルの手に、べったりと真っ赤な液体がつく。


 ――また、発作が……くす飲まないと


 魔力疾患。ミディリシェルの診断されたものだ。


 現在の技術を持ってしても、治す事のできない不治の病。その上、ほとんど何も分かっていない。

 だが、幸いにも、症状を抑える薬だけは存在している。


 ミディリシェルは、その薬を出そうとするが、見つからない。


「……」


 発作で意識が朦朧とする中、必死に探してはいるが見つからない。もしかしたら、行く時に忘れてきたのかもしれない。


「……」


 ここには誰も来ない。いるはずがない。だが、その場で座り込んだミディリシェルが影に包まれる。


「……落ち着いて」


 懐かしい。もっと聞いていたい。安心する。

 ミディリシェルが、その声に抱いた感情だ。

 なぜそんな感情を抱いたのかは、今のミディリシェルには理解が及ばない。


「大丈夫だから」


 優しく握られる手から感じる温もり。拒まないとと思っても、拒む事などできない。


 ――だめなのに。婚約者いるから、誰かに触れるのはだめなのに。なのに、どうして


「ゆっくりで良いから、身体の力を抜いて。僕に身体を預けて」


 ミディリシェルは、その声の通りにする。身体の力を抜き、声の主の、顔を隠した少年に身体を預ける。


「その溜まっているものを、一気に身体から出すから、少しだけ我慢して」


 顔を隠した少年が何かしたのだろう。ミディリシェルの身体から、大量にあった何かが一気に消えた。


 それが一気に消えたからだろう。身体の力が入らず、顔を隠した少年から離れる事ができない。


「もう大丈夫だよ。それと、ごめんね。君をここへいさせる事はできないんだ」


 ミディリシェルは、顔を隠した少年に抱きあげられ、転移魔法を使われた。


      **********


 記憶にある限り初めての転移魔法に、戸惑うミディリシェルを、顔を隠した少年が、ベッドの上に寝かせた。


「大丈夫?転移魔法に慣れてないと、酔う人いるらしいけど」


 顔を隠した少年が、顔を隠している黒い特殊なベールをとった。


「改めて、僕は、フォル・リアス・ベレンジェア。君をここに連れてきた事とか、色々と話したい事があるけど、今は休んで」


 フォルと名乗った少年は、そう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。


「フォル、帰ってんなら、声くらいかけろよ……って、なんで人間の姫がここに」


 青黒髪の少年が、部屋を訪れた。ミディリシェルに敵意を向けているようだ。


「丁度良かった。ゼノン、この子の面倒少しだけ見てて。僕は薬を取ってくるから」


 フォルがそう言って、部屋を出た。


 残されたのは、ミディリシェルと、ミディリシェルを睨んでいる青黒髪の少年だけ。


「リブスに帰して!」


 ミディリシェルは、そう言って、青黒髪の少年を睨んだ。


「フォルに言えば良いだろ。いくらいやでも、あいつが連れてきてんのに俺が帰すなんてできねぇからな」


「帰して!ミディはあそこでお金稼いで、愛されるの!今は、婚約者も王様も会ってくれないけど、いつか愛してくれるんだから、邪魔しないで!」


 それは、青黒髪の少年に言っている事でもあり、自分に言い聞かせている事でもあった。


 一度も会えない。それは、信じようとするミディリシェルの中に、疑いを生んでいる。それを否定しようとしても、否定できないほど膨れ上がってくる。


「……あそこの姫は、愛されていて、わがままって」


「薬とってきたよ」


「みゅ……」


「⁉︎?」


 フォルが部屋に戻ってくると、ミディリシェルは、大人しくなった。


「ゼノン、この子は、あの国で監禁されていたんだ。そもそも人間じゃない。それ以外にも、君がきらう理由なんてないよ」


「えっ、あ、うん。ごめん」


「……」


「うん。僕、食事持ってくるから、二人で話してて。ちゃんと仲良くしなよ」


 そう言って、フォルが再び部屋を出た。


 フォルが部屋を出たのを見計らい、ミディリシェルは、青黒髪の少年を睨む。


「しゃぁー!」


「さっきの態度の事は、悪かった」


「しゃぁー!帰して!ミディはあの国で……ミディ……あんなふうに助けてもらったのはじめて……本当に、愛されて……みゅ、考えないの」


 ミディリシェルの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。


 散歩中にフォルに助けてもらった。それだけでなく、薬の食事も用意してくれる。その優しさが、今まで信じてきたものを信じられなくさせた。


 青黒髪の少年が、慌てて泣いているミディリシェルに縫いぐるみを渡した。


「その、こういうの好きそうって思ったから……なんでだろうな」


「……しゃぁ。ありがと。ミディ、フォルはすき。でも、あなたきらい……ミディは、ミディリシェルなの。きらいでも教えるのが礼儀って本で書いてあった」


「……そうか。監禁されていたくらいだから、そういう教育もしてねぇんだな。俺はゼノン。よろしくな、ミディリシェル」


 ゼノンと名乗った少年が、そう言って、ミディリシェルが手以外動かさずとも触れられる位置で手を差し出した。


 ミディリシェルが知っているのは、名乗るべきという事だけ。ミディリシェルは、その手を無視して、べぇっと舌を出した。


「仲良くする気ないの。フォルのお願いだからって仲良くしようとするゼノンきらい」


「……なんで?」


「……みゅ?……分かんないの」


「なぁ、俺男だからな?フォルも男……男か?けど、本人そう言ってるし。そう言っても、同性愛とかがあるけど、俺の恋愛対象は女だ」


「信じないの」


 ミディリシェルは、ゼノンの言葉は一切信じず、「しゃぁ!しゃぁ!」と威嚇する。


「ゼノン、ミディいじめるなって言ったよね?」


「違う。いじめられてんの俺」


 フォルが部屋に戻ってきたのを本能的に察したミディリシェルは、ピタッと大人しくなっている。


「ミディ、ゼノンにいじめられたら言って。僕が言い聞かせておくから」


「だからいじめてねぇって」


「……ミディ、フォルにお世話されたい。フォルすき。ゼノンきらい」


 ミディリシェルは、近くに来たフォルをじっと見つめてそう言った。


「そうしてあげたいけど、仕事が忙しいと面倒見れなくなるから……って、なんでこんなに警戒心ないの?」


「お前に初めて優しくされて好きになったって。俺はあらぬ疑いかけられてきらいって言われた」


「……おかしいな。この子、こんなに警戒心低いわけないだけど。いくら好きになったとは言っても……ミディ、ちょっと良いかな」


「みゅ?」


 フォルの手が、ミディリシェルの額に触れる。


「熱ある。発作の影響だろう。だからこんなに警戒心が低いのか」


「熱ある時って、人肌恋しくなるよな……なんで俺には」


「転生前は、兄妹のように仲が良かったのに。不思議なものだね」


 ミディリシェルは、熱が出たというだけで、こんな扱いを受けた事などない。


 冷たい何かを額に当てられ、寂しくないようにか、大量の縫いぐるみをベッドの上に置かれている。


 それをしているのは、全てゼノンだ。


 ここまで嫌いとはっきり言っているのに優しくするゼノンに、ミディリシェルは戸惑う。


「どうして優しくするの?お金欲しいから?ミディをお金に変えようとしているから?」


「お前が今まで会ってきた奴らが、ろくな奴しかいなかったのは良く分かった。理由なんて考えた事ねぇが、強いて言うなら、優しくされるのは嬉しいから?自分の嬉しいを、相手にやって、自分も貰って。そんな世界にするためなら、まずは自分からだろ?」


「……おかしなゼノン……みゅにゃ⁉︎おかしゼノンなの⁉︎」


「甘いもんでも食いたいのか?作ってやるよ」


「……すきなの」


 ミディリシェルは、ゼノンをベッドに招き入れた。そして、抱き枕にする。


「すきだから、ぎゅぅするの。フォルは反対きて欲しいの」


「うん。熱があるからか、昔に戻ったみたいで可愛い」


「なぁ、ミディの発作って魔力疾患によるものだろ?こんな症状出るのか?」


「うん。出る人もいるだろうね。魔力疾患ってひとまとめにしているけど、色々あるから。この子のは、魔力の吸収量が多すぎるから、身体が耐えられないんだ。その体質をどうにかすれば、気にしなくて良くなると思う」


「体質?魔力疾患って言うけど、あれってただの」


「病じゃなくて体質。だから治すのが難しいんだ」


「みゅぅ。これ、悪いものじゃなかったんだ」


 リブイン王国で聞いた話では、魔力疾患は決して治る事もない不治の病であり、その病にかかるのは呪われているからだとまで言われていた。


 だが、そうではない。これは、単なる体質。しかも、普通に生活できるくらいに回復できる。


 ミディリシェルは、その事実に安心すると、眠気が押し寄せてきた。


「今はおやすみ」


「うん」


 ミディリシェルは、にっこりと笑った後、ゆっくりと瞼を閉じて、眠りについた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?