この世界は、歪んでいる。世界は少しずつ歪んでいっていた。それが、顕著に出ているのが、
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古く、ボロボロの家。少女は、そこで暮らしていた。
「ふきゃ⁉︎」
少女の家には、石や短剣が飛んでくる事が日常茶飯事だ。
現在、世界の守護を任されている種族、神獣から正式に御巫と認められた、エクシェフィーの御巫夫婦。
その血縁者である少女だが、
「みゃきゃ⁉︎」
短剣の刃が、少女の頬を掠める。石で壊された壁から飛んできたようだ。
「ふぁぁ……」
安全な場所などない少女は、眠くても寝る事ができない。うとうとしながらも、起きている。
「エレ、朝飯持ってきた」
「みゅ。おはよ」
少女の家に来る、先端が銀髪の青黒髪の少年。
彼は、本来であれば、少女の片割れとして御巫になっていた。少女の家族のようなものだ。
「いつもありがと」
「気にすんな。俺にとって、エレは可愛い妹のようなものなんだ。遠慮せず、頼ってくれ」
「うん」
青黒髪の少年が、少女の頬に触れる。
「また怪我してる」
血が出ている頬を、青黒髪の少年が、ぺろっと舐めた。高位吸血種である青黒髪の少年が舐めた傷は、治っている。
「ありがと」
「眠そうだな。これ食べて少ししたら寝ろ。俺が側にいるから」
「うん」
少女が朝食を食べている間に、青黒髪の少年が片付けをする。
「今日からは、しばらく一緒にいれると思う」
「うん。ゼロが作ってくれるお弁当が一番」
「それは作り甲斐があるな」
「ごめん。会議期間終わったから、やっと外出許されたんだ」
「お疲れ様、フォル」
少女と青黒髪の少年が話していると、青緑髪の少年が、急いで家を訪れた。
「ここは我ら神獣の地だ!」
「御巫様の汚点は出てけ!」
「御巫様に変わって、我々が制裁を与えてやる!」
家の外が騒がしい。また、少女を追い出そうと、神獣達が集まっているようだ。
「……ちょっと外行ってくる」
青緑髪の少年が、外へ出ようとした時、外から聞こえた声に立ち止まった。
「貴様ら何をしてる。ここは俺とフォルで本家から買った別荘だ。勝手に入ってくるな!」
「げっ⁉︎黄金蝶様⁉︎」
「黄金蝶様には敵わない。出直すぞ!」
「二度とくるな!」
神獣達が逃げるのが、家の中から見える。
「大丈夫だったか?いきなり大声が聞こえて怖かっただろう」
「ううん。ありがと、ルーにぃ。それと、そこ入り口じゃないから」
緑髪の青年が、壊れている壁から家へ入る。
「忘れてるようだが、ここがドアのあった入り口だ。それより、家の修繕をしなくてはな。力仕事であれば任せろ」
「修繕しても、またおんなじ事になるだけだろ。もっと、他の対策を考えないと」
「……ありがと。でも、こんなにいっぱい迷惑ばかりかけられないよ。私、何もできていないのに」
少女は、申し訳なさそうに俯いてそう言った。
「だから気にしなくて良いって」
「でも……」
「何も目的はないから、そうやってずっと悩んでいるんだよ。少しは自分のやりたい事でも考えてみたら?」
「そんなの、ないよ。私は、こうして家があるだけで十分だから」
こうして暮らしているうちに、少女は何も望まなくなった。少女は、全てを諦めた目をしている。
「そうだな……なら、御巫を目指してみるのはどう?あんな役割を持つ御巫じゃない。本来の御巫に」
「えっ」
少女は、目を見開き、顔を上げた。
「でも、私」
「言い方が悪かったか。僕の番になってよ。この歪みを元に戻さないといけないから、道は遠いだろうけど。その時が来たら、僕は、君らを星月の御巫として選びたいんだ。もちろん、強制はしないよ。その歪みを正して、元の御巫の役目を全うできるようにするなんて、今は夢物語だ。御巫になりたいと思っても、遠い未来を信じられないなら、断った方が良いだろう」
断っても良い。その選択肢を出してくれているが、少女の答えはきっと、記憶にないほど昔から決まっている。
だが、今はそれを決断できない。
「まぁ、すぐに答えを出すのは難しいかな。とりあえず、結婚式やってみない?どんな感じなのかって。御巫になるって事はそういう事だから。それから決めるっていうのはどうかな?」
「……みゅ……するの」
「じゃあ、準備しようか。本家に行って、服を着替えてとか」
「みゅ。行ってきますなの」
少女達は、家を出て、本家へ向かった。
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本家の子息は、少女を保護している。少女が本家へと足を踏み入れたとしても、何も言わない。それどころか、少女を歓迎する。
「良く来たな。結婚式を開きたいと連絡が来て、急いで用意した。似合うと良いのだが」
「オルにぃ様が選んだなら大丈夫だよ。エレのドレスの方も頼んで良いかな?僕は自分の方の準備しないとだから」
「分かった。エレ、向こうで着替える」
「みゅ。任せたの」
少女は、ドレスに着替えるため、本家の長男について行った。
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ドレスに着替え、いよいよ結婚式。と言っても、結婚式の体験だ。
「黄金蝶の結婚式をやる。段取りは知っているか?」
「知らない」
「指示通り動けば良い。あとは、あの二人に任せておけば」
「みぃ。ありがと、オルにぃ」
少女は、本家の長男にエスコートされて登場する。
「……」
会場(代わりの部屋)へ入ると、正装姿の二人に目を奪われた。
「綺麗だよ。僕らのお姫様」
「似合ってる」
「二人も、すてき、なの」
少女は、恥ずかしがりながら、そう言った。
少年達が、少女に手を差し伸べる。
「このくらいの作法は知ってるかな?」
「うん」
少女は、二人の指の先にちょこんと触れる。
「星の御巫、エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィーは、月の御巫、ゼーシェリオンジェロー・ミュド・ロジェンドと共に、黄金蝶、フォル・リアス・ヴァリジェーシル様に身も心も捧げ、寄り添う事を誓います」
「月の御巫、ゼーシェリオンジェロー・ミュド・ロジェンドは、星の御巫、エンジェリルナレーゼ・ミュニャ・エクシェフィーと共に、黄金蝶、フォル・リアス・ヴァリジェーシル様に身も心も捧げ、寄り添う事を誓います」
「黄金蝶、フォル・リアス・ヴァリジェーシルは、星の御巫、エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィーと、月の御巫、ゼーシェリオンジェロー・ミュド・ロジェンドを自らの御巫とし、永遠の愛を与える事を誓います」
本当の結婚式でしかできない儀式がここであるが、今回は体験という事で、その儀式を省いた。
「では、これより、最後の儀、記憶絆の儀を行う」
「みゅ?」
「記憶絆は、長く一緒にいるほど強く光る。結婚には、一定の強さにならないとなんだ。強い分には良いんだけどね」
本来の御巫は、神獣のレア種、黄金蝶と寄り添う事を許された相手。だが、正式に結婚できるまでには、一定期間一緒にいたという事実がなければならない。
それを証明するのがこの、記憶絆の儀だ。
少女達は、特殊な魔法の道具に手をかざす。すると、光は、部屋を覆い尽くしてもまだ足りないくらいになった。
「みゅ?これ、良いって事なの?ていうか……みゅ」
「……」
「……」
記憶絆の儀は、稀に、忘れた記憶を呼び覚ますという効果が発動する。
少女達は、忘れていたはずの記憶が蘇った。
「どうした?儀式はこれで終わりだが、披露宴が残っている」
「……うん」
「……」
「披露宴行くの。二人とも早くして」
少女は、少年達を引っ張り、披露宴へ向かった。
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披露宴は本番にとっておくようにと、会場に着いて終了だ。
「……エレ、御巫の話だけど」
「昔がそうであっても、今は認められないの。だめって言われるの。そんな中、隠れているなんてや。私達、絶対に御巫になってみせる。それで、誰にも邪魔されないらぶ生活にしてみせるから。ついでに、みんなに世界を破壊させない。
「そうだな。もう、みんながあんな悲しい顔しなくて済むように、エレが失敗した時に怯えずに済むように。そうなれる世界を作る……って、流石に夢見過ぎか」
記憶絆の儀で、忘れていたはずの記憶が蘇ったからこそ、少女と青黒髪の少年は、ゴールの見えない、果てしなく遠い道を選んだ。
奇跡でも起きない限りは達成できなさそうなその選択を、少女達は、笑顔で答えた。
「良いと思うの。どれだけおっきな事でも、やりたいって思わないと始まらないし、できるって思ってがんばる事が一番意味あると思うの。それで、救われる人もいると思うの」
「うん。そうだね。僕も協力する。
三人で手を重ねる。少女達種の持つ魔力の指輪が姿を見せる。
「心は常に、君らと共に」
「みゅ。常にゼロとフォルと共に」
「エレとフォルと共に」
指輪が淡い光を出した。
これから先、何があろうと、心は繋がっている。それを誓う儀。
「でも、どうするの?私達、神獣さん達を敵に回すって事になるよ?しかも表立って」
「なんとかなるでしょ。今考えなくても。というか、種族に関しては隠していれば良いだけだよ」
「そうだな。エレが御巫になるって事で敵に回していると思うが」
「誰を敵に回すかより、どうやって今回の世界で生きるか考えない?下手に動いて、バレないように。それと、
「それなら原初の樹が良いの。それに、同族のみんなも」
「これから知り合った誰かとか、今知り合っている誰かとかにも、いずれは話せると良いな。それで受け入れて欲しいけど、難しいか」
少女達の記憶に関する話は、今を生きる人々にとっては、到底信じられないような話。それを受け入れてくれるともなれば、相当少女達を信用している相手か、それを初めから知っている相手だけだろう。
「……オルにぃ様なら、信じてはくれるだろうね。今は話せないけど」
「オルにぃにも立場があるからな。こんな話を聞けば、本家の長男として対処しなければならなくなるだろうな」
「うん。僕もオルにぃ様もそんな事望まないと思う。他のにぃ様達も、立場上無理そうかな。ルーは……」
青緑髪の少年が、言葉を切って俯いた。
「そんな事で関係が崩れるのはないと思うけど、それが怖いなら言わなくて良いと思うの。それに、今言っても、巻き込まれるだけだから。フォルは、初めてできた友達って呼べる相手を大事にしてあげて?」
「うん。ありがと」
「エレって、時々素の時でも*姫出てくるよな」
「むぅ。なんだか馬鹿にされてる気分なの。エレは*姫なんだから、当然……みゃ⁉︎私は、*姫なんだから当然なの」
少女は、腰に手を当てて、怒っているというのを見せて、そう言った。
「あっ、でも、ゼムとフィルに話す分には賛成だよ。二人共、同族なんだから」
「ゼムの方は弟の俺に任せろ」
「なら、フィルの方は任せて。僕も、弟として、フィルにはちゃんと話すよ」
「お願いなの。フィルは、終焉の兵器を知っているから、もしかしたら覚えているかもしれないけど。っていうのは良いとして。エレ、これからたくさん、仲間増やして、みんながあんな悲しい顔をしない未来を作るの。もう、世界を破壊して後悔させないから。今度こそ*姫としての使命から逃げない」
これは、遠い昔の話。
少女、エンジェリアは、数多に存在する世界の同時破壊を防ぐ姫。そして、幾度となく転生を繰り返すが、決して変わる事なく、青黒髪の少年、ゼーシェリオンと一緒に、青緑髪の少年、フォルとその兄を、深く、深く愛している。
そんなエンジェリア達は、御巫とその相手の黄金蝶に選ばれるかどうか。歪んでいるこの世界を元に戻せるのか。
それは単なる通過点に過ぎない。
過程が違えど、幾度となく繰り返してきた結末と始まり。全世界の崩壊と創世。
その原因となる終焉の種。
これは、幾度となく続いた結末を変える、少女達を描く物語。
歩みと想うが繋いだ、大きな奇跡の物語。
その奇跡は、この先も、幾度とない転生を繰り返した。転生前の記憶を全て失い、十六年経っても戻らない、そんな回へと続く。