凛子が泣き止むまで抱きしめたまま頭を撫でていると、やがて彼女は落ち着いたのか私から離れる。
「えへへ、ごめんね。もう大丈夫」
「そう? なんなら、もっと抱きついてくれてもいいのよ?」
恥ずかしかったからなのか少し顔を赤く染める凛子をからかうように答えると、彼女はさらに赤い頬をさらに赤く染めていく。
そうやってイチャイチャを楽しんでいると、部屋の隅から微かな咳払いが聞こえてきた。
「んんっ……。そろそろ、いいだろうか?」
「あぁ、そういえばあなたも居たのね。すっかり忘れてたわ」
振り返ればそこには、とてつもなく気まずそうな表情を浮かべた遠峰の姿があった。
「どこまでも失礼な女だな、お前は。そもそも、お前をこの病室に連れてきてやったのは俺だぞ。少しは感謝をしたらどうだ?」
「はいはい、ありがとうね。だけど、あなただって目的があって私を連れてきたんでしょ。恩着せがましく言わないの」
そうやって軽口を叩き合う私たちの様子に、凛子は目を丸くして驚く。
「穂花ちゃん、いつの間に遠峰さんと仲良くなったの? あんなに嫌ってたのに……」
「別に、仲良くなんてなってないわ。初対面の時のことは、まだ全然許してないから」
思い出したらなんだかムカムカしてきたけど、まぁ今回は抑えてあげよう。
どんな思惑があったとしても、遠峰のおかげで凛子を直してあげられたのは事実だ。
「だから、今日のところはあなたに協力してあげる。ほら、聞きたいことがあるんでしょ?」
「そこまで露骨に態度で示されると、逆に清々するものだな。……では園崎くん。いくつか質問してもいいかな?」
「は、はい……」
凛子が頷くのを見て、遠峰はスーツの懐から手帳を取り出すと口を開いた。
「君が襲われたのは、この間の犯人と同じで間違いないか?」
「はい、たぶん……。背格好も似てたし、それに黒い影に全身が包まれてたんで……」
「ふむ、他の被害者の証言とも一致するな。では、他になにか気になった点などは?」
「気になったところ……?」
「どんな些細なことでもかまわない。二度も犯人と接触した人物は君が初めてだ。だからこそ、なにか気付けることもあるかもしれない」
遠峰の質問に、凛子は顎に手を添えて考え込む。
そうやってしばらく頭を悩ませた凛子は、やがて少し自信なさげに口を開いた。
「そういえば、なんだかちょっと違ったような気が……」
「違う? それはなにが違ったんだ?」
「なにがってわけじゃないんですけど……。ただ、ちょっとだけ雰囲気が違ったというか、動きが違ったというか……」
そう言う凛子だけど、どうやら彼女自身もよく分かっていないようだ。
「ごめんなさい。やっぱり気のせいだったかも……」
「いや、かまわない。些細な気付きが、事件解決に進むこともあるからな」
そう言って薄く微笑んだ遠峰を見て、ひとり蚊帳の外の私は「そんな顔もできるんだな」とどうでもいいことを考えていた。