「終わったのか?」
「ええ、これで大丈夫。じきに目を覚ますと思うわ」
少し離れた場所から声を掛けてくる遠峰に、私は振り返ることなく答える。
その間も視線は凛子の顔から離さず、私はただ優しく彼女の頭を撫で続ける。
「……ずいぶんと、仲が良いんだな」
「あら、意外かしら?」
そんな私の姿を眺めながら呟く遠峰に、私はうっすらと笑みを浮かべながら答える。
「まぁ、少し意外だったかもしれんな。管理局が行った探索者の素行調査によれば、お前はあまり目立つことが好きじゃないはずだ。それなのに、その子から誘われるままに配信を行うとは思えなかった」
「そう。だったら調査不足ね。そもそも、私は別に目立つのが嫌いなわけじゃないわ。ただ面倒なだけで、必要さえあればいくらでも矢面に立つつもりよ」
「では、今回は必要があって配信に参加することにしたというわけか」
納得したのかしていないのか、微妙な表情を浮かべながら曖昧に頷く遠峰に私は首を振る。
「残念ながらハズレよ。確かに公式配信者を探していた小春さんを助けてあげたいとは思っていたけど、それだけなら別に私が一緒に配信をする必要はなかったから。凛子だけでも、私が強く推薦すれば公式配信者になっていたでしょうし」
「なら、なぜお前は配信者になることを選んだんだ? 言動に整合性が取れていないじゃないか」
今度こそ納得いかないという表情で尋ね返してくる遠峰。
そんな彼の姿は最初の印象と違い少しだけ親しみが持てて、なんだか可笑しくなった私は思わず笑みを深める。
「あなたみたいに物事に合理性を求める人じゃ理解しがたいでしょうね。私もどっちかといえばあなたと同じ人種だから、その気持ちはよく分かるわ」
だけど、人生というのは常に合理的なわけではない。
人間には感情というものがあり、そして感情は時に理性や合理性よりも優先されるのだ。
「私が凛子の誘いに乗って配信者になった理由はたったひとつ。彼女がとっても可愛かったからよ」
「……はぁ?」
「あら、聞こえなかったかしら? 凛子が可愛くって、すごく私のタイプだったから。だから私は、彼女の望むことならなんでもしてあげたいし、彼女の夢を実現させるための協力だって惜しまないの。恋って、そういうものでしょ?」
なんでもないようにそう答える私に、遠峰は理解できない生き物を見るような視線を向けてくるけど、知ったことか。
誰がなんと言おうとこれが私の行動理念であり、凛子のどんなわがままでも全てを受け入れるのには十分すぎる理由だ。
「うぅ、ん……」
遠峰との会話がひと段落してしばらく経ち、不意に凛子の口から微かなうめき声が漏れる。
そしてうっすらと瞼を開いた彼女は、ボーっと天井を見つめながら小さく呟く。
「あぁ……。私、生きてるんだ……」
「ええ、生きてるわよ。やっと目覚めたわね、お寝坊さん」
その呟きに答えると、ゆっくりとこちらへ視線を向けた彼女ににっこりと微笑む。
上手く笑えていたか分からないけど、それでも私の胸の中は、凛子が生きていたことへの喜びでいっぱいだった。