そんな張り詰めた沈黙を最初に破ったのは、さっきまで黙って会話を聞いていた凛子だった。
さっきまでの不安そうな表情はどこへやら、今の彼女の瞳には確かな強さが宿っている。
「……いい加減にしてください。私たちは、そんな気持ちで配信をしてるわけじゃないです」
いきなり言葉を発した凛子に、遠峰は眼鏡越しに眉を吊り上げながら彼女へと視線を向ける。
「ほぅ、面白い意見だ。では、お前たちはなぜ配信などというくだらないことを続けているんだ?」
表情の変わらない遠峰からまっすぐに睨まれても、凛子は視線を逸らさずに彼を見つめ返しながら言葉を続ける。
「私は、配信をすることでいろんな人を安心させたいんです。世の中には今も、ダンジョンを怖がっている人たちがたくさん居ます。そんな人たちにダンジョンは怖くないって、もしなにかあっても、私たち探索者が守ってみせるって。それを、伝えたいんです」
凛子の言葉には不思議な実感がこもっていて、私は思わず黙って彼女の顔を見つめる。
そしてそれを感じたのは遠峰も同じだったようで、この部屋に入ってきて初めて彼の表情が変わった。
「君はまさか、十年前の……。いや、なんでもない。ともかく、君の主張は理解した。先ほどの言葉は撤回させてもらおう」
いきなり態度が軟化した遠峰に、不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる凛子。
そんな凛子から視線を外した遠峰は、再び私へとその目を向ける。
「ともあれ、君たちの疑いが百パーセント晴れたわけではない。私の中ではいまだ、君たちが最重要参考人であることに変わりはないのだからな」
「別に、痛くもない腹を探られたってどうってことないわ。せいぜい、無意味な捜査を続ければいいじゃない」
なにが彼の琴線に触れたのかは分からないけど、今さら態度が良くなったところで許したりなんてしない。
残念ながら、私は意外と心が狭いのだ。
「それじゃ、そろそろ帰ってもいいかしら? 今日もダンジョンで戦って人命救助までして、ついでに余計な会話までさせられて疲れてるの。そろそろ帰って休みたいのだけど」
「……今回の聴取は、あくまで任意のものだ。帰りたいと言うのなら、我々にそれを拒む権利はない」
遠峰のその言葉を了承と捉えた私は立ち上がると、そのまま凛子の手を取る。
「なら、私たちはこれで帰らせてもらうわ。お互い、二度と会わないことを願っていましょう」
「捜査の協力に感謝する。少し遅い時間だ。長谷川に送らせようか?」
「いいえ、結構よ」
私に手を取られて遅れて立ち上がった凛子を連れて、吐き捨てるように短くそう答えた私はそのまま早足で部屋を後にするのだった。