「穂花ちゃんっ!」
「行くわよっ、凛子!」
お互いの顔を見合わせて声を掛け合うと、私たちは弾かれるように悲鳴の聞こえてきた方向へ向かって走り出す。
幸いなことにさっきまで散々戦ってきたおかげかモンスターの数は多くなく、それを私のメイスと凛子の魔法で蹴散らしながら全速で通路を進むことができた。
「居た! あそこね!」
そうしてしばらく走っていくと、やがて通路の先に複数の人影が見えてくる。
さらに速度を上げて近づくと、そこでは地面に倒れるふたりの男女に向かっておもむろに武器を振り上げる黒い人影が居た。
それはまるで全身を影に包まれているようで、ただ周囲に不気味な印象をふりまいている。
その人影が武器を振り下ろすまさにその瞬間、すんでのところで間に合った私は彼らの間に入るとメイスでその武器を受け止める。
「ぐっ!? なに、してんのよっ!!」
ズンッと強い衝撃を受けて膝が沈みながらもなんとかその動きを止めた私は、そのまま力任せにそれを押し返す。
そうすれば思いのほか軽く人影は飛びのき、そして私から距離を取って動きを止めた。
「穂花ちゃん! 大丈夫っ?」
「ええ、問題ないわ。それより、凛子は後ろのふたりの様子を見てあげて」
さっきの一合で分かったけど、コイツの相手は凛子だとちょっと荷が重い。
もちろん私が負けるはずなんてないけど、凛子や倒れているふたりを守りながらは難しいかもしれない。
「……分かった。こっちは任せて」
私の口調からそれを感じ取ったのか、凛子も大した反論はせず頷いた。
倒れているふたりに駆け寄る凛子の気配を背中で感じながら、私は目の前の人影へと集中する。
「さぁ、どこからでも掛かってきなさい。アンタが何者か知らないけど、死なない程度に殺してあげる」
お互いに武器を構え、睨み合う私たち。
その均衡を先に破ったのは、私の方だった。
地面を踏み込み一気に距離を詰めると、その勢いのままメイスを相手の胴めがけて横なぎに振るう。
防御されることもなく直撃したメイスだったけど、そこから伝わってくるのは妙な感触だった。
まるでゴムを殴っているような手ごたえのなさに眉をしかめながら、それでも私はそのままメイスを振り抜く。
力任せに振り抜いたメイスで人影は吹き飛ぶと、二度三度と地面をバウンドして転がっていく。
やがて滑るようにして動きを止めた人影は、しかしすぐにゆらりと起き上がりこちらを見つめてくる。
「あらら、ノーダメージってこと? タフなサンドバッグね」
余裕ぶって煽ってみたものの、私の内心は微かに焦りを覚えていた。
これは、生かして捕らえるのは無理かもしれない。
一瞬で意識を切り替え本気で殺すことを覚悟した私だったけど、幸いなことにそうはならなかった。
人影はいきなり口元が裂けるような不気味な笑みを浮かべると、そのまま溶けるようにして消えていった。
突然の出来事にしばらく周囲を警戒してみても、辺りにはなんの気配も感じない。
「……逃げた、のかな?」
呟きとともに警戒を解いた私は、ふぅっと小さく息を吐く。
久しぶりに感じた緊張に無意識のうちに口元を緩めながら、私は振り返ると凛子たちの元へと歩み寄った。