ビシッと背筋を正したままお手本のように頭を下げる凛子に、私は笑いながら口を開く。
「いいのよ、別に。気にしてないから」
そもそも私の住所はSランクに昇格した時点でメディアの取材が殺到したせいで、すでにネットに晒されてしまっている。
いまさら通っている学校がバレたところで、大した問題ではないだろう。
なお私の求める『平穏な学校生活』は、教室で凛子に絡まれた時点で早々に諦めた。
あれだけの騒ぎを起こしておいて、明日からまた今まで通りの生活を送れるなんて甘い話はないだろう。
「まぁ、私のことは別に大したことじゃないから置いておいて。そんなことより凛、……リンの探索者としての実力の話をしましょう」
危うく彼女のことを本名で呼びそうになり、私はごまかすように言葉を続ける。
凛子がジト目でこちらを見てくるけど、ギリギリセーフだったのだから許してほしい。
”本名言いそうになってて草”
”やっぱりリンリンちゃんって本名をもじったネーミングだったのね”
”リンなんとかちゃん了解”
”そこまで言ったらもう本名公開しろよw”
「……私は穂花ちゃんと違って、まだ配信で本名バレしてないんだからね」
「まぁまぁ、ちょっと口が滑りそうになっただけだから。……とりあえず、今日からリンって呼んでもいい?」
正直に言って、そのうちうっかり本名を呼んでしまう自信がある。
ならばいっそ、普段からずっとあだ名で呼んでいればいいのではないだろうか。
あと、リンリンって普通にちょっと言いにくいし。
「……まぁ、別にいいけど。それなら言い間違える事故も減るだろうし。だけど、本当に気を付けてよね」
「はいはい、分かってるってば」
やんわり注意してくる凛子の言葉を聞き流しながら、私はおもむろにダンジョンの奥へと視線を向ける。
「それよりも、どうやらモンスターがこっちに向かってきてるみたいよ」
「え? 本当に?」
私と同じようにダンジョンの奥を見つめながら目を凝らす凛子だけど、どうやら彼女にはまだ見えていないらしい。
「視覚じゃなくて、気配とか魔力で感じるの。ダンジョンは薄暗いし見通しも悪いから、視覚だけに頼ってたら思わぬ不意打ちを受ける場合だってあるし」
「いや、そんなのできたら苦労しないでしょ。え? もしかして、高ランク探索者ってみんなそんなことしてるの?」
「みんなかは知らないけど、私の知ってる探索者はけっこうやってる人多いよ。その人によってやり方が変わるから、一概には言えないけど」
なんとなく生き物の気配を感じ取る人も居れば、魔力を薄く広げながら反応を確かめる人だって居る。
ちなみに魔力放出が大の苦手な私は、いつの間にか感覚で分かるようになったタイプだ。
薄く広げるとか、いったいどうやったらそんな芸当ができるのかまったく理解できない。
「まぁ、それは要練習ってことで。たぶんすぐに接敵すると思うから、ちょうどいいしこのままリンの力試しといきましょう」
指導をするにしても、まずは彼女の今の実力を知らなくては話にならない。
その言葉に少し緊張した様子の凛子へ微笑みかけながら、私たちは奥から現れるであろうモンスターを待ち構えていた。