「昨日のイレギュラーは怖かったけど、おかげで私は重大な問題に気づくことができました」
会話の流れで彼女がそう口にすると、さっきまで穏やかだったコメント欄は少しざわつき始める。
”問題?”
”リンリン可愛すぎる問題とか?”
”重大っていうくらいだから、けっこうヤバいこと?”
”もしかして、探索者辞めちゃう?”
「探索者は辞めないですよ。私は生涯探索者なんで! とは言え、このまま惰性で続けるだけじゃダメだと思うんだよね」
そこで一度言葉を切った凛子は、カメラに向かって少し真剣な表情を浮かべる。
「昨日のイレギュラー。私はなにもできなかった。ただ現れたモンスターに怯えて、戦うことも、逃げることもできないまま動くことができなかった。それって、探索者としては失格だと思うの」
”そんなことないよ”
”中層でいきなりあんなモンスターに会ったら、誰だって怖いって”
”俺もいきなりあんなデカいカマキリが出てきたら漏らしちゃう自信ある”
”漏らすとかいうのやめろよw”
「慰めてくれるのはありがたいけど、それじゃ私が自分のことを許せないのです。……と、いうわけで!」
言いながら彼女は、カメラの外の私へと視線を向ける。
どうやら、そろそろ出番みたいだ。
向けられた視線に小さく頷くと、それを見た彼女はもったいぶるように声を張り上げた。
「今日から私、リンリンは師匠を迎えることにしました!」
”師匠!?”
”本気で強くなろうとしてる?”
”師匠って男? 女?”
”なんだ、彼氏かよ”
”男だったら最悪なんだけど……。マジで辞めてほしい……”
”ガチ恋発狂してて草”
”とりあえず落ち着けよ”
なんだかコメントがかなり盛り上がっていて、凄く出ていきにくいんだけど。
若干出ていくことに躊躇している間にも、凛子はキラキラとした瞳で私を見つめながら手招きしてくる。
どうやら、覚悟を決めるしかないらしい。
小さく深呼吸した私は、そのままゆっくりとカメラの前に姿を現した。
「どうも。これから彼女の師匠? になる予定の不知火穂花です」
”穂花ちゃんキターーーー!”
”なんで疑問形なんだよw”
”Sランク探索者が師匠とか豪華すぎだろ”
”よかった……。男じゃなかった……”
”これにはガチ恋勢もにっこり”
さっきまで少し荒れていたような印象だったから心配だったけど、どうやらそれは杞憂だったみたいだ。
ほっと一安心していると、隣に立つ凛子が苦笑を浮かべながら声を掛けてくる。
「ちょっとぉ、配信で本名言っても大丈夫なの? それに、服装だって制服のままだし。身バレしちゃうよ?」
「そんなの、いまさらでしょ。この間の配信でばっちり本名はバレちゃってるし。それどころかライセンスまでしっかり映っちゃったから、ちょっと調べれば学校どころか住所まで分かっちゃうだろうから」
「その節はご迷惑おかけしました!」
大げさな態度で深々と頭を下げる凛子を見て、私は思わず笑みを零してしまった。