「よし、じゃあ今日の授業はここまで。みんな、寄り道せずに帰るんだぞ」
特になにごともなく時間は流れ、本日最後の授業を終えた。
担任でもある教師がだるそうに教室から出ていく姿を横目で眺めながら私はぐぅっと背筋を伸ばすと、ふぅっと小さく息を吐いて全身を脱力させて椅子の背もたれに身体を預ける。
周囲のクラスメイトも放課後これからのことを考えてか、教室内はどこか弛緩した空気が流れていた。
部活動に所属している生徒たちはそそくさと教室を出ていき、クラスメイトたちがそれぞれ思い思いに去っていくのを眺めながら私も帰り支度を始めると、不意に教室の扉が大きな音を立てて開く。
その音に残っていた生徒たちの視線が向いたその先には、一人の美少女が立っていた。
「おい、あれって……」
「噂の配信者の子じゃん……。相変わらず可愛いな」
ひそひそと話す生徒たちの視線を一身に受けた美少女は少しだけ怯んだものの、すぐに気を取り直すと教室の中をゆっくりと見渡す。
そして彼女は、私の姿を見つけると嬉しそうな表情を浮かべながらまっすぐこちらへ向かって歩み寄ってきた。
その顔になんとなく見覚えを感じながら眺めていると、彼女は私の目の前までやってくるとその整った顔をずいっと近づけて私を覗き込む。
「な、なにかご用……?」
鼻先同士がくっついてしまいそうなほどに顔を寄せてくる彼女に、その整った顔立ちのせいで同性なのになんだかドキドキしてしまう。
思わずのけぞって距離を取りながら尋ねると、彼女は納得したように口元を緩ませる。
「やっぱり……」
そう小さく呟いた彼女は、いきなり私の手を取ると満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「あのっ! 昨日は本当にありがとうございました!!」
「昨日って……? あっ、もしかして……」
「そうですっ! 昨日助けてもらった配信者のリンリンです! 覚えててくれたんですね」
「覚えてるもなにも、昨日の今日だしね」
それにしても、どうして彼女がこんな所に居るのだろう?
そう疑問を口にするよりも早く、その答えは彼女の口からあっさりと明かされた。
「名前を聞いた時からなんとなくそうじゃないかと思ってたんですけど、やっぱりそうでした! まさか助けてくれた方が、同じ学校の隣のクラスだったなんて。これって、もはや運命ですね!」
キラキラした目で私を見つめながら、なにやら一人で盛り上がっている彼女。
そんな彼女の様子が珍しいのか、教室に残っていたクラスメイト達の視線がこちらに集中しているのを感じる。
「と、とりあえず落ち着いて。ここじゃ目立つから、場所を変えましょ」
そんな普段と違う種類の視線になんだかいたたまれない気分になった私は、そそくさと帰り支度を終わらせると彼女の腕を掴んで教室を後にする。
「きゃっ!? そんな強引に! でも、そんなところも素敵……」
背後で彼女がよく分からないことを呟いているけど、全力で聞かないふりをする。
同時に私の平穏な学校生活が音を立てて崩れていくような気がするけど、それにも気づかないふりをして私は廊下を足早に歩いていく。
すれ違う生徒たちから次から次へと好奇心に満ちた視線を向けられて居心地が悪いのも、気づかないったら気づかないのだ。