車でしか来られない山奥にあるログハウス調のカフェ。
平日だからか、それとも平日にもかかわらずか、車はちらほらある。
この数が平日だからなのなら、有休を取ってまで平日にやって来た自分を褒めてあげたい。
バックで車を停めて、隣の車にぶつけないよう慎重にドアを開けて出る。
ごりごり石を踏みしめながら、服の隙間から入り込んでくる冬の風に身を縮こませる。先に出てきたカップルが、頬を赤くしながら、美味しかったねと笑顔で帰っていく。
その様子を見て、歩く速度を速める。冬だからテラス席には客はいないが、春や秋なら気持ちいいはずだ。
カフェの扉を開けて中に入ると、大型の石油ストーブが店の中央に陣取っていた。
いらっしゃいませと迎えられ、テーブル席に案内されてメニューを渡される。
ラミネートされた一枚のメニュー表の一番下には、SNSのアカウントが載っていた。
こんな山奥にあるカフェに客が多いのも、自分が今日来たのも、このSNSのおかげだ。
メニューはカフェらしいベリーケーキやパスタ、ドリンク類など充実しているが、今は冬ということでシチューと、ここに来る決め手となった鍋料理がある。
空腹のせいで色々と目移りしそうだったけど、悩む前に決めていた鍋料理を注文した。
しばらく待つかと思ったけど、やはり鍋料理を目当ての客が多く、ある程度の仕込みはできているのだろう。それ程待つことなく湯気の立つ鍋が運ばれてきた。
懐石料理で出てくるような鍋料理。一人前の小さな陶器の鍋に、固形燃料を入れるコンロだ。
固形燃料に火を点けてもらい、具材を置いてもらう。
先に鍋に入っているのは、鶏肉や大根、人参など、火が通りにくい物。自分で入れられるのは、豆腐や白菜、白ネギに椎茸。
ぐつぐつ沸いた昆布出汁の鍋にまず椎茸を入れてから、豆腐を入れた。
白菜と白ネギはシャキシャキしている方が好きだから後で入れる。
待つのは辛く、とりあえず先に入っていた大根と人参を取って器で迎える。ポン酢やごまだれがあるけど、最初は出汁で味わいたい。
息を吹きかけて冷まして、輪切りの大根を齧る。
じゅわっと出汁が溢れて、大根そのものの甘みがする。
鼻を突き抜ける出汁の香りとじっとりと舌にしみこむ大根の甘味に思わず息を漏らしてしまう。
続いて人参も口に入れると、ホクホクしていて大根とはまた違った甘みがある。それを少しだけ器に残った出汁で流し込む。
もっと取ろうかと箸が動きそうになったけどこらえて、残りの具材を投入する。
ぐつぐつと煮える鍋を眺めながら、最後はうどんにしようかと悩む。
今度は器にポン酢を少量垂らし、大根と人参そして、入れたばかりの白菜を取る。
まだシャキッとしているけどこのぐらいの白菜が好きなのだ。箸で切った大根と人参を白菜で巻いて口に運ぶ。
噛めば溢れる出汁に、冷たく爽やかな酸味のポン酢が合う。
今度は違う器にごまだれを入れて同じように食べる。濃厚なごまだれが全ての具材を一つに纏めてくれて、満足感が出る。
美味しくて止まらない。それからも、ほろほろ崩れる鶏肉を食べ、若干蕩けてきた白ネギを食べ、旨みがギュッと濃縮されている椎茸そして滑らかな絹ごし豆腐。
全ての具材を味わって、更に味を変えて楽しむ。
はふはふと、熱くなった口を覚ましながら、防寒着を一枚脱いで隣の椅子に置く。
一心不乱に、ただ目の前にある鍋を全て食らい尽くす。
そして鍋の具材が尽きそうになれば、最後のうどんを注文する。
新たな固形燃料に火を点けてもらいうどんを投入。じっくりと煮込んでいく。
再びぐつぐつと煮え立ち、うどんも十分ほぐれたのを確認して器で迎える。
コシのあるうどんは昆布だけでなく肉や野菜の出汁も纏っていて箸が止まらない。つるっとのど越しも良く、食べるにあたっての障害が全く無い。
鼻をすすりながらうどんを食べ切って、水で口に広がるうま味と熱を流し込む。
……満足。
なんの意外性も無いただのシンプルな鍋料理。だからだろうか、とても落ち着いて心地良い。
他の席を窺って見ると、他の客もただ鍋を味わっている。
残っている出汁を器に入れてそれを飲む。
ホッとした息が無意識に出る。
身体が温かいうちに帰ろうかな? だけど出汁を飲む手が止まらない。
もう少しだけ、この温もりの中でいることにしよう。