目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 笑顔

「綾乃ちゃん…。」

と、悠理は声を掛けた。


━━2018年9月のある日。

ここは、綾乃達が借りているアパート。


「どうしたの?」

綾乃は、悠理を見た。


「私…。」

悠理は、少し間を置いて、

「アルバイト…始めて…みよう…かなって…。」

と、自信なさそうに言った。


「え?」

綾乃は悠理を見つめて、

「本当に?」

と、訊いた。


「うん、生活費とかも入れたいし。」

と、悠理は答えた。


「お金の心配なら要らないよ。」

と、綾乃は言った。


「でも、欲しい物を買ったりしたいし…。」

と、悠理は答えた。


「欲しい物あるなら、私が買ってあげるよ。」

綾乃は言った。


「ありがとう、でもね…。」

悠理は少し間を置いて、

「色々な人と接してみようかなって…。」

と続けた。


「!?」

綾乃は驚きを隠せず、

「だ、大丈夫?」

と訊いた。


「うん。」

悠理は頷いた。


━━悠理が栃木に来て三ヶ月…。


悠理が、自ら外の世界と関わろとしていた。


━━悠理は本来は明るい性格で、比較的誰とでも仲良くなれる少女だ。


それが、東京の学校での出来事がきっかけで、人と関わる事を拒絶していた。


そんな悠理が前向きになってくれた事が、嬉しかった。



━━しばらくして、悠理はアルバイトを始めた。


ファミリーレストランのホールスタッフの仕事だ。


「鈴本さんっていうの?」

悠理のネームプレートを見たお客さんが声を掛けてきた。


「はい。」

悠理は返事をした。


「さっきから見てたけど、君は仕事が丁寧だね。」

と、そのお客さんは言った。


「あ、ありがとうございます…。」

と、悠理は答えた。

自分の仕事を認めて貰えたせいか、自然と笑みがこぼれた。


「いい、笑顔だね。」

と、お客さんは言った。


━━悠理は学校の友人だけでなく、色々な人と話せるようになってきた。



━━2018年11月のある日。


悠理の携帯に遥香から電話が掛かって来た。


「もしもし…。」

悠理は電話に出た。


『もしもし。』

遥香が言った。


「久し振り、どうしたの?」

悠理は訊いた?


━━遥香から岡山のお土産を貰った日から、殆ど会っていなかった。


遥香も色々と都合が悪いらしく、悠理もアルバイトを始めた為、電話すら久し振りだった。


『良かったら、クリスマスに何処かに遊びに行かない?』

と、遥香が言った。


「うん、いいよ。」

悠理が笑顔で答える。


『あと、クリスマスプレゼントの交換しない?』

と、遥香が訊いた。


「いいよ。」

悠理は返事をした。


『悠理はクリスマスプレゼント、何が欲しい?』

と、遥香が訊いた。


「うーん…。」

悠理は少し考えてから、

「宇都宮餃子。」

と答えた。


『餃子?』

と、遥香は不思議そうに訊いた。


「うん、だって、宇都宮って餃子しかないでしょ?」

っと、悠理は悪戯っぽく言った。


『あー、ディスったー!』

っと、遥香の方も悪戯っぽく怒った。


『宇都宮はともかく、栃木は色々あるもん。』

と、遥香が言った。


「他に何かあるの?」

と、悠理が訊いた。


『え…?』

遥香は少し考えてから、

『と、栃木…レモン…牛乳…とか…。』

と、苦し紛れの言い訳のように言った。


「ベタ過ぎる。」

と、悠理は苦笑した。


『きゅ、急に聞かれて、出てこなかっただけよ。』

遥香は一応、反撃した。


━━この遥香の言っている【栃木レモン牛乳】とは、元々は宇都宮にあった【関東牛乳】という、老舗メーカーが製造していた商品なので、宇都宮が発祥の地でもある。


関東牛乳の廃業で栃木乳業がレシピを譲り受け、2005年1月頃、【関東・栃木レモン】の名前で復活した。

2000年に、牛乳による集団食中毒事件が発生した関係で、2003年より生乳100%のものしか【牛乳】と表記出来なくなった為に、【牛乳】の文字が商品から消えた。


ただ親しみやすさや呼びやすさ等から、【レモン牛乳】と呼ばれる事が多い。


━━そして二人は笑い出した。


━━その悠理の笑い声を、偶然、綾乃が聞いていた。


別に盗み聞きをした訳ではない。

悠理の部屋の前を通った時に、悠理の部屋から笑い声が聞こえて来たのだ。


(悠理ちゃんが笑ってる…。)

綾乃は嬉しかった…。


『あと、二人で何処かに行きたいなぁ。』

と、遥香が言った。


「うん、いいよ。」

と、悠理は言った。


『悠理は東京出身でしょ?』

と、遥香が訊いた。


「うん、そうだけど。」

と、悠理は答えた。


『なら、東京を案内して欲しい!』

と、遥香は身を乗り出すように言った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?