ハイペリオン・グループの義体技術部門であるエクリプス・サイバネティクス社。
主要技術部門に匹敵するほどの規模を誇っているからか、中枢に研究施設がある。
その施設は、常に薄暗い照明に包まれていた。
無機質な白い壁の中を、無数のコードと配線が這いずり回っている。
その中心で、エクリプスの主任研究員であるレオ・ステリオスが端末を操作していた。
巨大なホログラフィック・ディスプレイには、アリアの姿が映し出されている。
彼女の歌声の波形データが螺旋を描き、複雑なアルゴリズムが解析を続けていた。
「素晴らしい破壊力だな。フフッ……。シンセノヴァ・バイオテックは惜しいことをしたな」
ククッと笑いながら、傍らに立つ部下に視線を向けた。
「しかしだ。彼女の歌声がAIネットワークに与える影響は私の想像以上だった。
このまま放置すれば、ハイペリオンのAIシステム全体が危険にさらされる可能性がある」
「ステリオス主任、具体的にはどのような対策を講じるおつもりで?」
ステリオスの言葉に、部下の一人が恐る恐る口を開いた。
彼は端末に新たなデータを入力しながら答えた。
「カウンタープログラムによる対策だ。名付けて『オルペウス』だ」
ホログラムが切り替わり、新たなプロジェクトの概要が表示された。
画面には複数の試験体が静かに液体タンクの中で眠る様子が映し出されている。
それらはすべてアリアと瓜二つの姿をしていた。
「アリアのクローン体……ですか?」
震えた声を出す部下に、ステリオスは冷たくうなづく。
「そうだ。アリアの歌声を逆手に取る。このクローン体は、アリアの波長に完全に同調するようにプログラムされている。
だが、その歌声は彼女の力を無力化し、逆にこちらの武器として機能するのだ」
「ですが、主任。そのクローンが万が一暴走した場合は……?」
その部下が尋ねる。
「その心配は無用だ。クローンは我々が完全に制御できるように設計されている。必要ならば即座に
ステリオスは冷ややかな笑みを浮かべた。
その時、施設内のスピーカーが低いアラーム音を響かせた。
ステリオスが画面を操作すると、新たなデータ表示された。
「ホォ……。インレとロゼットがアリアを『最重要排除対象』と認識したか……。今後、彼女はあらゆる監視網に捕捉されるだろうな」
彼はホログラムのクローンたちに目をやり、満足げに続けた。
「見ていろ、アウローラ・エコー。貴様らの壊滅は時間の問題だ。アリア自身の力を使ってな」
不気味な高笑いを見せるステリオスに、エクリプスの研究員たちは沈黙の中で各自の端末に戻った。
彼らが抱える恐怖や疑念は、ステリオスの支配的な態度の前では押し殺される他なかった。
ホログラムのアリアが静かに目を閉じる。それは、これから起こる悲劇を予感しているかのようだった。