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15.第三幕 - 4

 ビルのレッスンルームのフロアは冷たい青い光に満ちていた。

 壁一面に並ぶ制御端末は、セイレーン・プロジェクトの進行を示す無数のグラフやデータで埋め尽くされている。

 その中央に拘束されたヴァレリアの姿があった。


「ヴァレリア!」

「――!」


 ヴァレリアが顔を上げる。しかし、彼女は声を上げることはできなかった。

 コツコツ、という靴音を響かせながら、白衣の男が現れる。

 その男は、エクリプス・サイバネティクスのチーフエンジニア、レオ・ステリオスだった。

 細身の彼は冷たく微笑みながら、興味深げにアリアを見つめる。


「君がセイレーンを止めた『歌姫』か。まさか直接お目にかかれるとは……。セイレーン・プロジェクトを完成させるための素材として、君は特別だ」


 ステリオスの声は皮肉と軽蔑に満ちていた。

 アリアの目が鋭く光る。


「『素材』……? 私のことを『モノ扱い』するのね」

「もちろんだとも。君の能力、そしてその特異な精神パターン。我々が追求する理想のAIモデルには欠かせないものだ」


 クックックッと笑いながら、ステリオスは言葉を紡ぐ。

 アリアに近づき右腕を伸ばした瞬間、彼女の目の前でその腕は鈍い金属音を立てて、床に落ちた。

 ノアが腕に仕込んだ高周波ブレードを振るったのだ。


「貴様らに『人間』を語る資格などない」


 怒りが滲むノアの声。

 動じることなく、ステリオスは床に転がった義肢を拾い上げ、何事もなかったかのように再接続を行った。


「フッ……。この程度、なんでもないさ」


 再接続が終わった右腕を動かし、右手の挙動を確認する。


「この程度は朝飯前さ。我がエクリプスの技術は完璧なのだからな!」

「技術で人間性を捨てて、何が面白いの? 何が誇らしいの?」


 アリアが怒りを滲ませながら言う。


「誇りだとも! 人間の限界を超え、神に近づくことこそが我々の使命なのだ!

 ……おおっと、そうだった。貴様らにひとつ教えておかねばならないことがあったなァ」


 窓の外を見ろと言わんばかりの仕草をするステリオス。

 ハルトたちが窓の外を見えると、戦闘用ドローン「キハール・ツヴァイ」が静かに編隊を組みながら浮遊していた。

 赤い光がビル内部をスキャンしているのが見える。


「貴様らは包囲されている。ここでの戦闘は愚かだとわかるだろう?」


 ステリオスが冷ややかに言い放つ。


「彼らを突破し、同志ヴァレリアを救う。できるな?」


 ダリウスがハルトに言う。


「もちろん。でなければ、ここまで来ませんよ。だな、アリア」

「ええ。……アリア、行きます」


 アリアは短く息を吸い、ステリオスを見据えた。

 戦闘の緊張感が静かな冷気とともに部屋を支配した。全員が次の一手を待っていた――まるで静寂の中に隠された嵐のように。

 そして、部屋の空気が一瞬、止まったように感じられた。

 アリアが一歩前に進み、深い呼吸を整える。ステリオスが眉をひそめる。


「何をするつもりだ、歌姫?」


 彼女の目には確固たる決意が宿っていた。


「――あなたたちの支配を、ここで終わらせる」


 その瞬間、アリアの歌声が響き渡る。それはただの音楽ではなかった。

 人間の魂に直接語りかけるような深い響きが空間を満たし、ドローンの赤いセンサーライトが次々と点滅を繰り返し始めた。


「……!! 大変です、ステリオスさん!」

「何事だ!」

「システムの制御が効きません! こちらの要求が弾かれています!」

「なんだと、バカな……! アストラ社のセキュリティシステムは完璧のはずだ!」


 ステリオスが声を荒げる。


『ハルト、どうなっているんだ? キハール・ツヴァイが複数台こちらの味方をするような行動を取っている』


 セラフィナが通信デバイス越しにハルトに問う。


「アリアが歌っているんだ」

『アリアが?』

「あぁ。彼女の声がドローンのAI制御を狂わせているようだ」


 アリアの歌声は、ドローンの制御を狂わせ、フロアにいた兵士たちの戦意を喪失させていった。

 混乱に乗じて、ノアが迅速に端末から主要データを回収し始めた。

 ハルトがヴァレリアを解放しながら、アリアに言う。


「大丈夫か、アリア?」

『問題ないわ。これぐらいどうってことない!』


 アリアの意志がハルトの耳元の通信デバイスに届く。

 その声がもたらす波動は、ビル全体に広がっていくようだった。


「ダリウスさん。主要データの回収を完了しました。引き際かと存じます。いかがでしょうか?」

「そうだな、同志ノアよ。諸君、これより我々は撤退する。同志アリアが時間を稼いでいる間に、この場から離れるぞ!」


 混乱の中、レジスタンスメンバーはビルから離れていく。

 アリアの歌声が敵の意識を揺るがすたび、道が切り開かれていくようだった。

 彼女が歌うのをやめると同時に、ダリウスたちレジスタンスメンバーは、ステリオスたちが追跡を諦めるであろう距離まで来ていた。


「やったな、アリア。君の声がこれほど力を持つとは思わなかった」

「そうね。でも、これはまだ始まりに過ぎないと思うの。ハイペリオンとの戦いはまだ終わっていないもの」


 アリアの言葉に頷きで返すノア。

 彼女の言葉が仲間たちの胸に新たな決意を芽生えさせる中、レジスタンスは夜の闇に消えていった。

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