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13.第三幕 - 2

 アリアは決意を胸に、歌い始めた。

 高台に立つガイノイドたちは、統制された動きでさらに旋律を強める。

 その歌声は空間全体を支配し、観客たちの行動をますます固定化させていく。だが、アリアの声がそれを裂いた。

 最初は小さな音だった。けれど、それは確かに空気を震わせ、観客たちの耳に届く。

 アリアの歌は次第に強さを増し、スピーカーから流れる妖婦セイレーンたちの歌声に正面から衝突する。

 ステージ全体が不規則な波動に包まれていく。高密度の音波干渉が空気を震わせ、観客たちの中に目を覚ますものが現れ始めた。


「……?」

「なにを……していたんだ……?」

「歌声に導かれるように動いて……いたのか?」


 その姿を見たハルトたちは歓喜の声を上げる。

 しかし、アリアの身体は悲鳴を上げつつあった。

 声を振り絞るたびに、喉に鋭い痛みが走る。それでも、彼女は歌うことを止めなかった。


「――スキャンモード起動。アリアの声帯機能に異常を検知。これ以上は危険と思われる」


 意識を取り戻した観客を安全な場所に移動させながら、護衛のアンドロイドがつぶやく。


「無理をするな、アリア!」


 ハルトの叫びはアリアには届かなかった。

 彼女は歌で持って戦う意志を持っているのだ。

 彼女の声が歌声にならなくても。

 彼女の身体がスパークをいくつも発生させても。

 彼女の瞳だけは前を見据えているのだ。


「――!!」


 セラフィナはアリアからの強い波動を感じて、目を見開いた。


「どうした、セラフィナ!」

「『誰かがこの鎖を断ち切らなきゃ、何も変わらない!』」


 セラフィナはハルトの方を向き、彼女の口から、アリアの声音で言葉が紡がれた。

 ハルトが驚いたその瞬間だった。

 ゴゥッ、という音が聞こえ、彼女の歌が一際強く響き、空間全体を貫いた。

 次の瞬間――「音」が消えた。

 静寂の中、ステージ全体が崩れ落ちるように震え、ガイノイドたちのホログラムが揺らぎ始めた。

 操られていた観客たちが、次々とその場に崩れ落ち、虚ろだった瞳に生気が戻る。


「勝った……のか……?」


 エルスが呆然としながらつぶやく。

 意識を取り戻した観客たちはざわつき始める。


「やった……の……?」


 アリアは身体中からバチバチという音を立てながら、膝をつき、荒い息をつきながら呟いた。

 だが、完全な勝利とはならなかった。

 セイレーンたちはなおも健在だったのだ。ステージ中央に佇む彼女たちは、無傷のまま虚ろな目のままこちらを見ているようだった。

 その冷たく無感情な瞳がアリアたちを一瞥した後、静かに踵を返し、撤退を始める。

 その姿はまるで、次の機会を確信しているかのようだった。


「これほどの干渉を受けてもなお無傷とは……ハイペリオンの奴らめ……」


 エルスが歯噛みする。ハルトも顔をしかめた。


「奴らは最初から全力じゃなかったってことか……!」

「本当に『デモンストレーション』だったのでしょう。ハイペリオンはこれをひとつのテストケースと扱っている可能性が高いと思われます」


 セラフィナは冷静に分析した結果を話す。

 アリアは立ち上がり、震える足で前を見据えた。

 市民を救えた達成感が胸の内で渦巻く一方、撤退するガイノイドたちの不気味な静けさが、次の戦いの予感を告げていた。

 彼女はそっと胸に手を当てた。歌声を全て使い果たし、身体がバチバチと悲鳴を上げている。

 それでも彼女は、意識を取り戻し始めた市民たちの姿を見て、自分の行動が無意味ではなかったと感じていた。


「今は、一歩、進んだだけ。でも、その、一歩が、なければ、なにも、かえられない……」


 合成音声のような声でアリアは言う。

 満身創痍の彼女の言葉に、レジスタンスメンバーは静かに頷いた。

 これからが本当の戦いであろうと、誰もが理解していた。


「ハイペリオンはこのイベントをフィードバックしてさらなる計画を進めるだろうな。次の一手を考えなければ……」


 エルスがつぶやく。

 ノヴァ・シティを覆う巨大な支配構造に挑むため、次の一手を準備しなければならないのだ。

 遠ざかるガイノイドたちの背中が、未来への不安を刻むように消えていく中、レジスタンスのメンバーは新たな決意を胸にその場を後にした。

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