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12.第三幕 - 1

 ノヴァ・シティの中心部、ガラスのように輝くホログラムディスプレイが人工的な空に浮かぶ。

 歌姫たちの姿が舞い踊り、その声が市街全体に響き渡っていた。だが、その甘美な歌声の裏に隠された罠を知るものは、ほとんどいない。

 アリアたちはレジスタンスが用意した護衛の強化サイボーグと戦闘に特化したアンドロイドに守られながら、廃工場を抜け到着した裏路地で息を整えた。

 鮮やかなライトが会場周辺を照らし、群衆のざわめきが耳を圧迫する。

 スピーカーから流れるイベント案内の合成音声が、彼女の鼓動に重なる。


「予定通りだ」


 耳元の通信機越しに、ハルトの冷静な声が響く。

 護衛の戦闘用ガイノイドが広域スキャンで周囲を解析しているようだった。


「メインフロアの警備は薄い。観客が多すぎたからか、ガイノイドたちも警戒を分散させているようだ」

「それでも油断は禁物。セイレーン・プロジェクトの中心部を叩かない限り、私たちのミッションは遂行できない」


 強化サイボーグが言う。アリアは拳を握りしめた。


「市民を洗脳するなんて、絶対に許さない。私の歌で奴らの計画をぶち壊してやる」

「だから、俺たちがここにいるじゃないか」

「ハルトさん」

「私も忘れてもらっては困りますよ、アリア」

「セラフィナさんも。……私、行きます」


 アリアが先に群衆の中へと一歩を踏み出した瞬間、アリアの視界が一変した。

 ステージから放たれる光が瞬き、空間全体が一種の波動に包まれる。

 その瞬間、観客たちの動きが一斉に止まった。


妖婦の歌声セイレーン・プロジェクトが発動したようね」


 続いて、ハルト、セラフィナ、護衛のレジスタンスメンバーがステージ会場に到着する。

 アリアはステージに向かって駆け出した。彼女の耳に、かつて歌を愛した記憶と、戦う覚悟が共鳴する。

 彼女の声が、この都市を縛る鎖を断ち切る唯一の鍵になると信じて――。


 □ ■ □ ■ □ ■


 ステージ中央に立つガイノイドたちは、息を呑むほど美しかった。

 淡い光をまとい、完璧な統制で動く彼女たちの姿は、神話の中の存在にも似ているように感じられる。

 その口から放たれる歌声は、人間が到達し得ないほどの純粋な旋律を奏でていたが、その純粋で美しい旋律には毒が含まれていた。


「これがセイレーン・プロジェクトか」


 レジスタンスのリーダー、エルス・メレディスが呟いた。

 彼の目はステージ上で繰り広げられる光と音の饗宴ではなく、観客たちの異様な変化を捉えていた。

 観客たちは最初、ただ歓声を上げていただけだった。だが次第にその瞳は焦点を失い、口元の笑みさえ消えた。

 やがて、整然とした動きでステージに向かって歩み出す。まるで糸で操られた人形のように。


「……神話にあったな。妖婦の歌声に導かれて、自ら海に落ちるという話が。それを再現してるようだな」


 ハルトが観客の様子を見て苦々しくつぶやく。


「これ以上、無駄な話をしている暇はないみたいですよ」

「――警備ドローン『キハール』及び戦闘用ドローン『キハール・ツヴァイ』が複数接近中」


 鋭い機械音が会場を切り裂く。無数のドローンたちが、赤いライトを点滅させながら、ハルトたちの位置を捉える。


「チィッ」


 エルスが舌打ちをする。

 観客たちもまた、ガイノイドの歌に完全に支配され、異様な速さで振り返ると、次の瞬間にはレジスタンスに向かって突進してきた。


「観客たちまで……!?」


 アリアが動揺を隠せず叫ぶ。


「今、奴らはセイレーンに操られた人形にすぎない。……が、精神操作されているだけ」

「――エルス様。非殺傷兵器の使用を承認してください」

「許可する。存分に戦え」

了解ヤー


 アリアたちを護衛していたアンドロイドたちが、スタンロッドを装備し、突進してきた観客を気絶させていく。

 ハルトはキハールの群れに向けて、小型EMPグレネードを放り投げた。

 グレネードの電撃により、キハールたちは行動を停止する。


「アリア、今だ! 歌えッ!!」

「えっ!? 今ここで!?」

「そうだ! 今しかタイミングが合わない! お前の声で奴らを正気に戻せ!」


 ハルトの叫びが、会場の混乱を切り裂くように響いた。


「あなたの歌は、ただ美しいだけじゃない!」


 セラフィナが真っ直ぐにアリアを見つめる。


「人々の心に触れる力がある。今こそ、それを信じて!」


 アリアは強く目を閉じた。そして、震える手を胸に置き、深く息を吸い込む。


 ――観客たちの虚ろな瞳。

 ――キハールの機械的な冷徹さ。


 その全てを振り払うように、アリアは心を込めて歌い始めようとしていた。

 目の前には、虚ろな瞳で操られる人々がいた。彼らの姿が、かつて「歌」を失っていた頃の自分と重なって見える。

 そして、心の奥に封じ込めていた記憶が、容赦なくよみがえる。

 ステージの上で、必死に何かを伝えようとしても届かなかった幼い日々。歌う意味を見失い、ただ沈黙を選んでいた自分――。


「私の声が、皆を救う力になるのなら……私は……歌う……ッ!!」

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