ノアがハルトの工房で、ハイペリオンの施設内で撮影されたという機密データの一部を映し出した。
白い無機質な研究室、隔離されたガラスの向こうに立つ一人の少女。
彼女はアリアと同じように、歌を通じて周囲に影響を与えていた。
「これがセイレーン・プロジェクトなのか?」
「ああ。ハイペリオンが進めている新たな歌姫兵器の開発計画だ。映像の少女はアリアの前任者か、同系列の被験者だろう」
ハルトの問いにノアが答える。
セラフィナはその映像を黙して見ていた。
その中に記憶の断片がちらついていたのだ。――アリアがまだ「彼ら」の施設にいた頃の記録。
そしてその断片は、アリアが自身の力を制御するために必要であり重要な鍵なのかもしれない。
しかし、見せるべきなのだろうか?
アリアの修復した感情プログラムが再び異常状態になってしまうのではないかという不安が、セラフィナを襲う。
「セラフィナ?」
「いえ、大丈夫」
ノアの声にセラフィナは冷静な声で返したが、その内心は揺れていた。
その夜、ハルトが寝室で眠りについた後、アリアは工房の居住空間で一人座り込んでいた。
映像を見てから、戸惑いと悩みが彼女を包んでいる。
セラフィナは静かに近づき、隣に腰を下ろした。
「何を考えているの?」
セラフィナが問いかけると、アリアは小さく息をついた。
「私はどうしてこんな力を持たされたのか、ということを考えていました」
「何の目的を持って改造してきたのか……ということか」
アリアは頷いた。
セラフィナはしばらく考えた後、慎重に言葉を選び始めた。
「アリア、私にはあなたがハイペリオンの施設にいた頃の記憶データを持っている。完全ではないけれど、それを見せることもできる。
でも、それがアリアにとって良いことなのか悪いことなのか、私は判断しかねている」
「記憶データ……私の過去?」
アリアは驚いたように目を見開いた。
「修復するときに、邪魔になるだろうと思い、アリアからは消したものだけど。ただし、それを知ったことでアリアが苦しむかもしれない……。
ただ、それがあなたの力を理解して、受け入れるキッカケになる可能性もある……そう考えているの」
セラフィナの声には、普段にはない人間らしい温かみが感じられた。
アリアはしばらく黙ったまま、視線を床に落としていた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「怖いけど、知りたいから見せてほしい」
「わかった。悲鳴でハルトを起こさないようにね」
セラフィナは自身の指からコードを取り出し、近くのモニターにつなげた。
モニターには、冷たく暗い施設の中、歌わされている少女たちの姿があった。その中に自分もいるような錯覚を覚えるアリア。
強制される力、反抗すれば痛みが伴う。だが、その中でもどこか心の奥底に、小さな希望が灯っていた――それを忘れなかった自分がいた。
映像が終わり、アリアは震えながらも深呼吸した。
「……自分の可能性を信じてみようと思う」
「その通り。可能性があることを信じることが大事だと私は思うの。ハルトも私も、アリアを支えるわ」
アリアが決意したように話すと、セラフィナは微笑みながら言葉を返す。
その決意で、アリアの中で何かが少しずつ変わり始めていた。
彼女の目には、恐れだけでなく、新たな覚悟の光が宿り始めていた。