ハルトの工房の奥で、アリアは無数の配線と機器に囲まれながら静かに佇んでいた。
壁際に置かれた鏡が、彼女の端正な顔とその奥に潜む不安を映し出している。
彼女の指先は無意識にテーブルの縁をなぞり、金属の冷たさを感じながら思考を巡らせた。
――自分は何のために生きているのか。
そう呟いた声はほとんど囁きに近かったが、電子機器が発する低いノイズの中で、アリアにとっては耳を突くような響きを持っていた。
修復後、アリアの記憶の大半は失われ、今の彼女に残されているのは機械の正確さと人間の曖昧さに揺れる存在だった。
ドアが控えめにノックされ、続いてハルトが姿を表した。
彼の手には熱いコーヒーと、工房でよく使う修理用の細かな部品が入った箱が握られている。
「少し休憩したらどうだ、アリア」
ハルトはテーブルにコーヒーを置きながら優しく言った。
彼女の不安を見逃すまいとするかのように、彼の目はアリアの表情を鋭く観察している。
「ありがとう。でも、私は大丈夫だから」
アリアはぎこちなくも微笑む。
その時、開かれたドアからセラフィナが現れた。
彼女の姿勢は整然としており、その声には人工的な冷静さの中にも温かさが込められていた。
「あなたが感じている迷いは正常なことなのよ、アリア。人は……あるいは私や貴女のような存在も……。成長する過程で必ず自分を問うものなの」
セラフィナの言葉にアリアは一瞬考え込んだ。
だが、その時、不意に口ずさんでいたメロディがアリア自身を驚かせた。
無意識に出たその歌声は透明で、空間そのものが震えるように工房全体に響いた。
次の瞬間、工房内の機械が暴走するように動き始めたのだ。
「まさか……!? セラフィナ、どうなっている?」
「おそらく、アリアの歌声にはまだプログラムの断片が残っているのかもしれません」
「とりあえず、止めるか」
アリアの歌声で狂った機械を止めるハルトとセラフィナ。
彼女の目は驚きと恐怖で見開かれた。
「私が……これを……?」
震える声でアリアは言葉を紡いだ。
自分の力が引き起こした出来事に気づいた瞬間、彼女の手は体を抱きしめるようにぎゅっと握り締められた。
「落ち着け、アリア。君が思うほど恐れる必要はないんだ」
「それでも……私がここにいることで、皆を傷つけるのでは……?」
「それは力を制御しない場合の話よ」
セラフィナがアリアの言葉に答える。
彼女は静かにアリアの隣に腰を下ろし、その目をしっかりと見据えた。
「アリア。あなたには選択肢がある。そして、私たちはその選択を支えるためにここにいるのよ」
「セラフィナさん……」
それでもアリアは、自分の中に眠る未知の力がどれほど危険なのか、彼女自身が一番よく知っているようだった。
「まずはその力を制御することを考えようか」
「そうすれば、自分の力を恐れることなく扱えるようになるはず」
ハルトとセラフィナが、視線を下げたアリアに励ましの言葉を投げる。
彼女は視線を下げたままだったが、心の奥で何かがほんの少し動き出すのを感じた。
恐怖の中にわずかに見え隠れする希望――それは確かに存在していた。