工房に戻ったハルト。
セラフィナはアリアの記憶のバックアップ作業を続けていた。
「少しは落ち着きましたか、ハルト」
「あぁ、おかげさまでな。……して、どんな状況だ?」
「バックアップは終わりました……が、ハルトが見たら怒りだすかもしれない記憶断片を見つけました」
「そうか。どういうものか、口頭で説明してくれるか?」
セラフィナの言葉に、眉を動かしながらも言うハルト。
「かしこまりました。改造されてから、しばらくしてのハイポタイズのテスト記録の様子でした。
下層階層の観客にシステムを起動させて、どうなったのかというものでした」
「……それで」
声音に少し怒気が交じる。
「ハイポタイズによって精神がおかしくなってしまって暴れ出した下層階層の市民を、ハイペリオンの治安維持部隊が虫でも潰すかのように鎮圧していました」
「胸糞悪い光景だっただろうな」
ハルトの言葉に頷くセラフィナ。
「この技術は大変危険なものです。穏やかそうに見えた人が理性を失って暴走する姿は見てられませんでした」
「だろうな。悪かったな、セラフィナ」
「いえ。ハルトがこれを見たら、もういいと怒りちらしていたかもしれないと思っていました」
「それで、感情プログラムは修復できそうか?」
「はい。どうやら、ハイポタイズのテスト記録が異常のトリガーとなっていたようで、その記憶を『バグ』として処理しました。
システムの再起動をかけているので、もう少しでアリアが目覚めるものと思います」
ウィーン……という機械独特の起動音が鳴り響き、アリアの目に色が戻り、彼女が起き上がった。
「……ここは?」
「まずはハイペリオン関係の施設じゃないことを伝える。俺たちはアリアを修復するように頼まれた個人業者だ」
「個人業者……。ハイペリオンとは全く関係ないのですね?」
アリアの言葉に頷くハルト。
「そうでしたか……。よかった……」
「安心してくれて何よりだ」
「ところで、貴方は?」
「俺は二神ハルト。その横にいるのは、セラフィナだ」
「セラフィナです。アリアさん、よろしくお願いします」
「あ……はい。こちらこそ」
頭を下げるアリア。
「私を修復するように頼まれた、と、ハルトさんはおっしゃいましたけど……」
「修復するように頼んだのは、ハイペリオンの関係者だった。意図はわからないけどな」
「それで私はどうなるのでしょうか」
「俺たちはアリア……君を保護しようと思っている。返却してくれとは書かれてなかったしな」
「――それならお願いします。私はあの場所には戻りたくないのです」
ハルトはアリアの「戻りたくない」という言葉に、元の場所に戻ることへの強い拒否感を覚えた。
「大丈夫だ。仮に返せと言われても、祖先がやったようなやり方をして相手に言い返すからな」
「祖先?」
「俺の祖先は前払い報酬だけ受け取って、成功報酬はもらわずに、人間から改造したアンドロイドを手元においていたって話を聞いたからな。
まあ、そのおかげで俺は血肉を持って生まれてきたわけだが」
ハルトの言葉にアリアは首を傾げた。
「じゃあ、ハルトは機械と人間のミックス?」
「そうなるかな。俺の生体検査したら、肉体の一部にナノマシンがいたんだってよ。といっても、脳細胞が主らしいんだけどね。だから肉体はいわゆる真人間ってわけさ」
「ハルトの母親が人間とあまり変わらない生殖器官を持ったアンドロイドだったから、というのも大きいけどね」
セラフィナが言う。
「セラフィナ」
「……もしかして、言っちゃダメだったかしら」
ハルトが咎めるような言い方をしたので、失言だったかとセラフィナは思った。
「あ……いや、いいんだ。俺は父親の顔を知らないしな。そんなことを言ったらセラフィナは、元々二神家の養子で俺の姉だったじゃないか」
「そうだったわね」
「セラフィナさんがハルトさんの『姉だった』……?」
アリアがハルトの言葉に疑問を感じた。
「あぁ。セラフィナは純粋なアンドロイドじゃないんだ。これも祖先と同じように、人間から改造したんだ。
……でも、セラフィナの場合は、ほとんど死んでいたようなものだったから」
「死んでいた……?」
疑問を感じたアリア。
「俺の姉はセナって名前だったんだ。その姉が上層階層の奴らに脳死状態にさせられたんだ」
「……!!」
アリアは絶句した。
「それなら私がこんな目に遭っていることに怒りを……?」
「当然だ。それにアリアのプログラム、そして記憶を根拠にこの事実を公表してやろうと思っている」
「だからなおのこと、貴方を保護することになります。アリアさんの存在そのものが大事な証拠品なのです」とセラフィナ。
「わかりました。ハルトさん、セラフィナさん。今後とも宜しくお願いします」
その時、セラフィナがなにかに気づき、カーテンを閉めた。
「どうした、セラフィナ」
「ハイペリオンの監視ドローンがここを横切ったので……」
「監視ドローン……。キハールだな……。奴ら、ここを嗅ぎつけたのか」
ハルトの心臓が跳ね上がる。
ドローン「キハール」の存在は、ハイペリオンの目が彼らの真上まで届いていることを意味していた。
「どうする?」セラフィナが短く問いかける。
「様子を見る。まだ動くべきじゃない」
ハルトは口を引き結びながら答えたが、内心では既に準備が必要だと悟っていた。