感情プログラムの修正の前に、アリアの記憶データのバックアップ作業を開始するハルトとセラフィナ。
端末のモニターに映し出される断片的な映像――アリアが笑顔で踊り、歌う姿は儚げだった。
透き通る声が、ノイズ混じりに再生されるたび、ハルトの背筋にかすかな痛みが走る。
「アリア……」
彼のつぶやきは、機械的な低音に吸い込まれるように消えた。
その傍らで、セラフィナがデジタルモニターを操作しながら、冷静な声で指示を出す。
「記憶データの半分が欠損しているわ。再構築可能部分を優先する?」
「あぁ、頼む」
ハルトは軽く返事をしたが、視線はモニターから離れていない。
映像の中、アリアは下層階層の簡素な部屋で家族と食卓を囲んでいた。
笑い声は記録されていない。それでも、彼には十分すぎるほど温かさが伝わってきた。
「これが……全て奪われたっていうのか……クソッタレが……」
ハルトは強く拳を握りしめた。彼が怒りで震えているのを、セラフィナは無言で見つめていた。
別のスクリーンには、新たな記憶断片が映し出される。だが、その鮮明さは次第に崩れて歪みを発生させた。
危機を察知したセラフィナが即座に端末を操作する。
「警告。このデータは改ざんされた形跡あり。危険なトリガーが仕掛けられている可能性あり」
セラフィナが機械的な音声でハルトに強く警戒を促した。
「
「
次に映し出された記憶断片に、ハルトが何かを叩く強い音が部屋中に響き渡った。
セラフィナが確認すると、アリアが
苛立ちを隠せないハルト。
「この記憶断片の処理は私がします。ハルトは外に出てください」
「……すまない」
工房を出て、何をするでもなく歩き始めたハルト。
〔ハイペリオンのクソッタレ共奴……。どこまで人を弄べば気が済むんだ〕
苛立ちが収まらないまま、アテもなく歩き続ける。
アリアの声は聞こえなかったが、映し出された記憶断片には、無機質な手術室で白衣姿の男たちが彼女の体を電子メスで切り裂いていく映像だった。
そこから記憶断片の映像はブラックアウトしていたのだ。
整備された公園にたどり着いたハルト。
公園は異様なほど整然としていた。人工芝の香りと、まるで絵画のように配置された花壇が、ノヴァ・シティ上層階層特有の作られた美しさを物語っている。
ハルトは無造作にベンチへ腰を下ろし、手にしていた端末を膝に投げ出した。
「はぁ~~~」
こんなことをするために、技師になったわけじゃねえってのに……。
そうボヤきながら、ノヴァ・シティの人工的な空を見上げる。
「何がそんなに気に入らないんだ?」
不意に横から声が飛んできた。
顔を上げると、革ジャンを羽織った若い男――いや、少年と言ってもいいくらいの年齢だ――が立っていた。
くすんだ髪を無造作に撫でつけ、こちらを覗き込んでいる。
「あぁ、悪い。ベンチを使いたかったのか?」
少年は片手を腰に当てながら軽く笑った。
「そっちじゃないから大丈夫だ。僕は上層階層がどのようなものか見るために下層階層から来たんだ」
「下層階層から? ……ってことは、君は下層階層の人間か?」
「そうなるな。……とはいえ、僕もハイペリオンの犠牲者だけどね」
その少年は、つけていたサングラスを外し、ハルトに機械の目を見せた。
「お前もか!?」
「お前も……? ということは、貴方は犠牲になった下層階層の人間を見ていたのか」
「あぁ。……俺は二神ハルトという。君は?」
「僕はノア。ノア・リックマン。レジスタンスグループ『アウローラ・エコー』の一員さ」
「アウローラ・エコー……。ハイペリオンに対抗する数少ないレジスタンスグループじゃないか……」
驚くハルト。
「なんでレジスタンスの最大勢力グループが俺に話を?」
革ジャンを羽織った少年――ノアは、ハルトの横に腰掛けた。
「ひとつは興味。もうひとつは、ハルトさん自身が僕たちのような犠牲者に憐れんでくれたこと。それだけかな」
「そうだったのか」
「もし、ハイペリオンのやり方に嫌気が差したのなら、僕たちを訪ねてほしい。力になれるかもしれない」
そう言いながら、ノアは連絡先をハルトの服のポケットに押し込んだ。
「わかったよ、ノア。ハイペリオンの監視には気をつけろよ」
「合点承知」
にこやかな表情を見せながら、ノアは立ち去った。
気持ちが落ち着いたのか、工房に戻ろうというとハルトは再び歩き始めた。